【31】加藤登紀子「知床旅情」
2020年12月06日
私たち団塊世代の青春時代でもあった1970年代は、歌謡曲の世界ではカバーが相次ぎ、いずれも「元唄」をはるかにしのぐヒット曲となった。オリコンチャートで年間ベストテン以上にランクされたものを列記すると、以下のとおりである。
「圭子の夢は夜ひらく」(藤圭子、1970年度オリコン3位、「元唄」は園まり)
「京都の恋」(渚ゆうこ、1970年度オリコン10位、「元唄」はザ・ベンチャーズ)
「知床旅情」(加藤登紀子、1971年度オリコン2位、「元唄」は森繁久弥)
「また逢う日まで」(尾崎紀世彦、1971年度オリコン3位、「元唄」はズー・ニー・ヴー)
「別れの朝」(ペドロ&カプリシャス、1972年度オリコン8位、「元唄」はウド・ユルゲンス)
「なごり雪」(イルカ、1975年度オリコン4位、「元唄」は伊勢正三(かぐや姫))
「フィーリング」(ハイ・ファイ・セット、1977年度オリコン10位、「元唄」はモーリス・アルバート)
「Mr.サマータイム」(サーカス、1978年度オリコン8位、「元唄」はミッシェル・フュガン)
「Y.M.C.A.」(西城秀樹、1979年度オリコン7位、「元唄」はヴィレッジ・ピープル)
これは戦後歌謡史をいろどる社会的事件の一つといってもいいかもしれないが、その事件性をいっそう高めた楽曲は、加藤登紀子がカバーした「知床旅情」ではないだろうか。オリコンチャート集計による同歌の売り上げはなんと140万枚超、尾崎紀世彦の「また逢う日まで」の100万弱、イルカの「なごり雪」の80万枚、藤圭子の「夢は夜ひらく」の77万枚をはるかに超える。
さらに、上記の9曲中6曲が〝洋物〟のカバー、歌詞もメロディもほとんどが〝シティテイスト〟なのに、加藤の「知床旅情」は藤圭子の「夢は夜ひらく」と並んでドメスティックで、〝ローカルテイスト〟。それなのに他をよせつけず一頭地を抜いてミリオンセラーとなったのは、なぜなのだろうか?
そこには、この唄のカバーをめぐる数奇な生い立ちが関係していると思われる。本稿では、それについてひもといてみたい。
歌:加藤登紀子「知床旅情」
作詞:森繁久彌/作曲:森繁久彌
時:1970(昭和45)年
場所:北海道羅臼町
加藤登紀子がカバーした「知床旅情」の元唄は、1960(昭和35)年、同地で撮影された映画「地の涯に生きるもの」で、猫と共に厳冬の番小屋で漁網を護る主役の老人を演じた森繁久彌が、ロケ終了後、撮影に協力してくれた知床の人々への返礼としてうたった「さらば羅臼よ」だとされている。
もともとは、当地でうたい継がれてきた曲を助監督か監督助手が掘り起こしてきたものらしい。これにいたく感動した森繁が、歌詞を補い、タイトルを「しれとこ旅情」としてレコード化した。つまり、森繁版もオリジナルではなくカバーだったのである。そして1962(昭和37)年のNHK紅白歌合戦に森繁が出場して披露されたが、それによって世間にひろまることはなかった。
そのとき私は中学生で、いずれも同世代の初出場組だった弘田三枝子の「ヴァケーション」、中尾ミエの「可愛いベイビー」を鮮明に記憶しているから、間違いなく家族団らんでその紅白を楽しんでいた。しかし、森繁久彌の「しれとこ旅情」を観た記憶はまるでない。
私と「知床旅情」の出会いは、それから9年後、加藤登紀子のカバーが空前のヒットとなり、加藤が1971年の紅白に初出場(それは私の記憶にある)してからである。それが契機となって「元唄」の森繁版もテレビやラジオで流れるようになる。
しかし、「♪しいれとおこーのおみいさあきいにい・・・」と母音を思い入れたっぷりに引き伸ばしてうたう森繁節には、とてもついていけなかった。映画「社長漫遊記」シリーズで社長を演じる森繁が宴会部長の伴淳から「社長、ぱーっとやりましょう!」とあおられ、「じゃあ、一曲やるか」と応じるシーンが脳裏に立ち上がってくるからだ。当時20代の私たちにとって、森繁版「知床旅情」は父親世代の「宴会ソング」であって、「自分たちの唄」とは思えなかったし、周囲で愛唱する友人たちもいなかった。
いっぽう感情移入過多の森繁版とは真逆の、抑制がきいたクールな歌いぶりの加藤登紀子版には、「これぞ自分たちの唄だ」と共感をおぼえたものだった。
そもそも両者が「別物」であるなによりの証拠は、当の加藤登紀子自身が、「知床旅情」を「元唄の主」である森繁久彌から〝直接伝授〟されなかったことにある。実は森繁と加藤との間に重要な「橋渡し役」がいた。それは、当時、加藤がコンサートの依頼を受けたことが機縁で付き合いはじめ、のちに獄中結婚することになる全学連委員長の
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