超越的で、神のように瞑想的なカマキリ

今福龍太
今福龍太「ぼくの昆虫学の先生たちへ」は、『ちくま』の5月号から連載が始まった。少年時代に「無垢と情熱を全面的に投入」した、「至高の通過儀礼」ともいえる虫への思いを掻き立て、多大な影響を受けた昆虫学の先人たちとの出会いと、感謝の気持ちを手紙という形式で綴っていく。
まずはアンリ・ファーブル先生から始まり、チャールズ・ダーウィン先生、ヘルマン・ヘッセ先生、志賀夘助先生、得田之久先生、北杜夫先生、田淵行男先生と続く。
様々な昆虫採集道具を製品化し、東京・渋谷に昆虫少年憧れのシガ式昆虫用具店を開いた志賀夘助への手紙では、「山や野原へと出かけて陶酔するように網を振り、虫を捕まえていた少年時代。それが実のあるものになったのも、先生からの特別の贈り物です」と感謝を伝える。
志賀は、エコロジーブームの中で「昆虫採集はエコロジーに逆行しているというのは、昆虫を知らない人の言い分ではないか」という。それを受けて今福は、「エコロジーは口当たりのいい標語でしかなく、人間は自然の核心からどんどん離れようとしています。自然界の掟を知り、その謎を極めることを恐れています。けれど先生がいうように、昆虫採集は自然という生命の大きな循環系の全体像を直観する、とても優れた方法であることに変わりはないのです」と記す。
今福の少年時代、隣家に住んでいて様々な影響を受けた絵本作家の得田之久と、南アフリカ出身で『狩猟民の心』の著者ローレンス・ヴァン・デル・ポストの、カマキリについての比較検証もなかなか示唆的だ。2人とも、カマキリに対してなんとも不思議な魅力を感じていたのだろうといい、「それは人格を持った生き物にも見えながら、やはりどこか超越的で、神のように瞑想的なのです」と述べる。なるほど、まるで祈りながら瞑想しているように見えるカマキリの姿が目に浮かぶ。
そして今福は、「ミクロの野性世界に身を浸し、すべての根源にある生命宇宙そのものの流れに浸透するかのようなカマキリの姿は、どこか神秘的でありつつ、不思議な親しみにみちています」と考察して見せるのだ。
日本アルプスを主なフィールドに、高山蝶を写真撮影し生態観察した田淵行男を、今福は少青年期の神々しい存在だったと崇める。そして、田淵が住んでいた安曇野を追想した文章を引き合いに、「豊饒な自然環境を世界が喪失していく悲哀、そして植物や昆虫や鳥の『種』としての生存が危機にさらされていることへの静かな怒りが読みとれます」という。さらに「死に瀕した自然は甦るのでしょうか? 虫たちの挽歌はだれに向けられたものなのでしょう?」と問いかける。