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水島新司引退宣言へ贈ることば

中野晴行 フリーライター、編集者、京都精華大学マンガ学部客員教員

「地味でタンタンとした生活記録」からドラマを生んだ

 1961年1月、水島はその後の水島マンガの原点とも言うべき作品を描いている。『影』別冊・水島新司特集の描き下ろし中編「わが家のホープさん」である。

「わが家のホープさん」を掲載した『影』別冊・水島新司特集(日の丸文庫)=筆者提供拡大「わが家のホープさん」を掲載した『影』別冊・水島新司特集(日の丸文庫)=筆者提供
 舞台は新潟。主人公は貧しい鮮魚店の長男・吉田健一。地元の白新中学を卒業した健一は進学をせず家業を助けている。父親の新蔵は大きな料亭の次男だったが、博打好きのために勘当された身。今もパチンコ好きでほとんど働かず、仕入れのお金までパチンコにつぎ込んでいるありさまだ。当てにならない父に代わって店を切り盛りする母親は、難産のために鼓膜を傷つけ、片方の耳が聴こえないハンディを抱えていた。家族はほかに弟の新介と妹の加津子がいた。

 健一は父をなんとか立ち直らせようとするが、パチンコ好きはおさまらず、ようやく立ち直ろうとした矢先に、車にひかれかけた子どもを助けようとして亡くなってしまう。魚屋としての腕を磨くために健一は東京の料亭で住み込み修業をする決心をした。

 作品はあくまでもフィクションだが、設定は水島の生家がモデルになっていることがわかる。水島の父親もギャンブル好きで、一家はそのために貧乏だった。次男の新介は水島自身だろう。健一や新介が通う白新中学は水島が通った学校と同じ名前。ちなみにお隣にあったのが明訓高校だった。20年後に健一が自分の料亭を新潟に開店するという結末は若い水島の希望でもあったろう。

 『影』の派手なアクション劇画や、『魔像』の残酷時代劇が売りものだった日の丸文庫としては異色作と言っていいだろう。「あとがき」にもこうある。

 「日常生活において、どこにでもあるような出来事を笑いと涙でまとめ上げて見たつもりですが、物語自体地味でタンタンとした生活記録なので、その構成・動き・表情などに全力を尽くしましたが満足していただけたか心配です」

 だが、この短い言葉は、

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筆者

中野晴行

中野晴行(なかの・はるゆき) フリーライター、編集者、京都精華大学マンガ学部客員教員

1954年生まれ。フリーライター、編集者、京都精華大学マンガ学部客員教員。『マンガ産業論』で日本出版学会賞奨励賞、『謎のマンガ家 酒井七馬伝』で日本漫画家協会賞特別賞を受賞。著書に『やなせたかし――愛と勇気を子どもたちに』(あかね書房)、編著に『異形の未来 現代マンガ選集 (ちくま文庫)など。現在『夕刊フジ』で連載コラム「マンガ探偵局がゆく」を執筆中。

※プロフィールは、論座に執筆した当時のものです