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「脳みそが休めない時代」に生きる私たち

映画『ミセス・ノイズィ』の監督が考える、情報と選択肢に溺れる社会

天野千尋 映画監督

 引っ越したばかりの集合住宅で、早朝、隣家のベランダから布団をたたく音が響いてくる。うるさい!――そんなトラブルが思わぬ出来事に発展する映画『ミセス・ノイズィ』が、話題を呼んでいる。エスカレートする怒り、SNSの炎上、ものごとを一面的にしか見ないことの愚かしさと恐ろしさなど、現代社会の一断面を、クールな笑いと人への温かなまなざしで描いた天野千尋監督がつづる、「脳みそが休めない時代」について。

私の脳がオーバーヒート

拡大映画『ミセス・ノイズィ』の真紀と菜子

 最近よく、脳がオーバーヒートしている感覚がある。まさにPCが過熱するように、脳みそが回転し続けることで熱くなっている。それでも使い続けていると、徐々にパフォーマンスが落ち、やがて制御を失っていく。

 映画のシナリオを書いている時、撮影現場で次のカットを構想している時、編集室で映像を繋いでいる時、考え続けてオーバーヒートした脳みそは使い物にならない。どうにかクールダウンしなくてはと、氷で頭を冷やしてみたり、糖分を補給してみたり、あれこれ試してみるが、未だ即効性のあるいい方法は見つかっていない。

 やるべきことが立て込み、連日頭を使う作業が続いている時期などは、夜眠っている間すらもカタカタと脳のコンピューターが回転し続けているような感覚がある。ズーンと頭の中にこもり続ける熱のせいで、多少の脳細胞が死にゆくような気がして、心配になる。

 二十代の頃に比べて脳を酷使している、という訳ではない。歳を重ねるにつれ脳の性能が落ちている、というのは確かにあるかもしれない。しかしそれ以上に、私が最大の原因だと睨んでいるのは、スマートフォンの存在だ。

 この十数年で、スマートフォンは圧倒的なスピードで私の生活に入り込み、生き方を左右し始めた。その万能性とポータブル性ゆえに、今や私は日常の中でたった10秒の暇さえあればスマートフォンに手を伸ばすし、ほんの一寸スマートフォンが見つからないだけで不安に陥る。

 電車を待つ時間、移動する時間、食事の時間、時にはトイレの中までも、かつてだったらボーッとして脳が「無」になっていた一時が、今は全てスマートフォンを見るために費やされる。特に目的もなくSNSなどを眺めているだけで、脳を使っているらしい。目から入った情報が脳みそにベタベタと張り付いて、気づけば息苦しく詰まっているような感覚で、ふと我に返る。

 見るのをやめればいいのに、何故かやめられない。ネットの情報は中毒性がある。クリックされることを狙ったキャッチーな見出しや、野次馬的な好奇心をくすぐる絶妙なコピーが止め処なく現れる。SNSもキリがなく、知人の充実生活っぷりに嫉妬して過去の投稿を遡ったり、人間関係のプレッシャーでいいね!を押し続けたり、だらだらと脳を使い続ける。

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筆者

天野千尋

天野千尋(あまの・ちひろ) 映画監督

1982年生まれ。約5年間の会社勤務の後、2009年に映画制作を開始。ぴあフィルムフェスティバルを始め、多数の映画祭に入選・入賞。主な作品に、短編『フィガロの告白』『ガマゴリ・ネバーアイランド』、長編『どうしても触れたくない』、アニメ『紙兎ロペ』の脚本など。19年、『ミセス・ノイズィ』が東京国際映画祭日本映画スプラッシュ部門に選出された。日本映画批評家大賞脚本賞受賞。自ら執筆した小説版『ミセス・ノイズィ』(実業之日本社文庫)も刊行。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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