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東浩紀『ゲンロン戦記』をつくりながら考えたネットメディアと私の戦い

ネットに夢を抱いた哲学者が立ち上げた「ゲンロン」の戦績と失敗の遍歴と重ね合わせて

石戸諭  ノンフィクションライター

ネットに感じた様々な可能性

 もちろん、エビデンスは必要だし、双方向性や専門家との連携も必要だ。そこは変わらないし、今でも実践しているのだが、当時の私の問題は、私自身の人間観や社会観にある。私は、本来とても複雑なものを、もっと単純なものだと考えていたのだ。本当に浅はかだ。

 SNSによる双方向性も、エビデンスに基づく姿勢も今となっては当たり前で、さしたる価値もない。だが、当時の私は、自分が新しい時代を走っていると浮かれていた。

 新聞は紙面に限りがあるが、インターネットにはない。字数にこだわることなく書けて、かつ写真も動画も組み込めて、ニュースの可能性はさらに広がる。そうした思いを共有している人がいるはずだ、と思い込んでいた。

 移籍したバズフィードはアメリカの本社と日本のヤフーとの合弁会社で、無料で記事を提供することを是としていた。無料で、誰にも開かれていて、良質なニュースを伝えられるというインターネットの夢があった。そして、私もそこに可能性を感じていた。

 完全にバカである、と今なら思う。

新聞社以上に旧態依然とした世界

 インターネットメディア業界は、夢を見てやってくる人たちばかりが集まるところではない。

 前の会社で評価されなかったルサンチマンを抱く人たち、自分を認めてほしいと承認を欲する人たち、前の組織で抱いた鬱憤を晴らそうと意気込む人たち、単に「新しい」という肩書きを欲する人たち、有利なポジションを求める人たち、キラキラしているように見える会社に所属しているのが好きな人たち……。

 世の中には新しいものを作る以上に、言論やニュースの世界であっても、「イケてると思われる」「ちやほやされたい」「自分がスターになりたい」ということにモチベーションを見出す人たちが意外なほど多い。

 新しいと私が思っていたインターネットの世界は、新聞社以上に旧態依然としたメディアの世界だった。

拡大Syda Productions/shutterstock.com

スケールの競争に勝てる「強さ」の正体

 無料であるがゆえに、スケールの競争、言い換えれば「バズる競争」にも巻き込まれた。スケールの競争で勝つ方法は明確だ。常にニュースに目を配り、第一にタイミング良く、第二により強いスタンスを打ち出し、第三に計算した見出しをつければいい。

 ここでいう「強い」というのは、昔のライターたちが憧れ、いま私が目指しているような時代を超えた原稿の強さではなく、「その場」で人々の感情を刺激する強さのことである。

 何にも増して一番強いのはー仲間内の論理であってもー「正しい」ことである。科学的に、主張的に、あるいは政治的なスタンスとして常に正しく強くある必要がある。「そうだ、そうだ」と思わせ、感情を刺激することが、インターネットの拡散には求められる。

 これは局地的には正しい。ビジネスとしても拡散は強みだ。しかし、もっと広い視野でみるとどうか。それは、「今、ここ」という瞬間的なタイミングで、瞬間的に人々がつながる「正論」を打ち出し、瞬間的に溜飲を下げさせるものに過ぎず、長期的にはマイナスが大きいと私は思っていた。

 もう少し付け加えれば、視野が狭く、取材が浅くても正論が書かれていれば「良いもの」として需要されることにはデメリットもあるということだ。

 今の時代、とりわけ問題視されている政治的分極化は、世界中のインターネットも含めたメディアにその責任の一端がある。私はインターネットの持つ危うさとは別のものを模索しようと思ったが、それはできなかった。

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筆者

石戸諭

石戸諭 (いしど・さとる) ノンフィクションライター

1984年、東京都生まれ。記者、ノンフィクションライター。2006年に立命館大学法学部卒業後、毎日新聞社に入社。岡山支局、大阪社会部、デジタル報道センターを経て、2016年にBuzzFeed Japanに入社。2018年からフリーランスに。2019年、ニューズウィーク日本版の特集「百田尚樹現象」で第26回編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞作品賞を受賞。著書に『ルポ百田尚樹現象:愛国ポピュリズムの現在地』(小学館)など。

※プロフィールは、論座に執筆した当時のものです