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【ヅカナビ】宝塚星組『シラノ・ド・ベルジュラック』

戯曲と比べてわかったタカラヅカ版の面白さ、考えさせる「大きな鼻」の意味

中本千晶 演劇ジャーナリスト


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 12月初旬に大阪・梅田芸術劇場シアタードラマシティにて上演された宝塚星組『シラノ・ド・ベルジュラック』は、明るい笑いとタカラヅカらしい華やかさを随所に折り込みつつ、最後にはシラノをはじめとした登場人物一人ひとりの生き様にじんとさせられる、人間味あふれる舞台だった。そんな愛すべき生きざまを星組の芝居巧者たちと専科の轟悠が的確に表現してみせていた。

 物語の舞台は1640年、三十年戦争でスペイン・ハプスブルク家と戦っている最中のフランスだ。主人公シラノは剣の達人にして詩人、文武両道でその人柄から人望も厚い男だが、唯一の弱点は「大きな鼻」だ。それゆえに、密かに愛する従妹のロクサアヌにも想いを告げられずにいる。

 ところが、ロクサアヌからクリスチャンという男性に恋していると打ち明けられ、心ならずも二人の恋の仲介役を引き受けることに。このクリスチャン、シラノと逆で、抜群の容姿に恵まれているのに文才に自信がないという。そこでシラノがクリスチャンになりかわって手紙を書いてやることになるのだが…という話である。

 シラノ・ド・ベルジュラックは、17世紀フランスの実在の人物だ。その生涯をエドモン・ロスタンが1897年に戯曲化した以来、世界中で上演され、映画化もされている。

2020年タカラヅカ版は原作に忠実だった

 じつはタカラヅカでも『シラノ・ド・ベルジュラック』を題材としたものは上演されたことがある。1995年の星組大劇場公演『剣と恋と虹と』である。だが、このとき星組トップスター麻路さきが演じた主人公エドモンは美男の設定で、「本心を隠して友人のために恋文を代筆してやる」という部分だけが活かされていた。

 ところが、今回はポスター画像からしてそうでないことを主張していた。シラノ役を演じる轟悠の鼻が異様に高いのだ。これはシラノのトレードマークである「大きすぎる鼻」であり、特殊メイクで付けているとのことだった。

 一般にタカラヅカで舞台化される際には原作を「タカラヅカらしく」改変するのが常であり、『剣と恋と虹と』もその典型的な一例だ。だが、果たして今回はどうなのだろう? そこで、岩波文庫から出ている戯曲を読み直してみることにした。

 すると、全体の構成から登場人物の設定、セリフに至るまで、原作に忠実なつくりであることがわかった。もちろん古式ゆかしき言い回しは書き直されているが、キーワードとも言うべき言葉はできる限り取り込まれている。たとえばシラノ最期の決めゼリフ「心意気」がそうである。ラグノオの店で菓子を包む袋に詩を書いた紙が使われているエピソードなども原作のままだ。

 天寿光希演じるド・ギッシュ伯爵。前半に振りまかれる悪の色香もさることながら、ラストシーンの枯れた雰囲気もあまりに魅力的だったので、これはタカラヅカ仕様の加筆かと思ってしまったが、そうではなかった。極美慎演じるラグノオも、エプロン姿がよく似合いとてもチャーミングだったので、これも当て書きかと思いきや、そうではなかった。

 むしろタカラヅカらしさは、ビジュアル面に込められていた。ロクサアヌをはじめとした女性たちの華やかなドレスはもちろん、ラグノオの店に居並ぶお菓子の小道具の可愛らさ。そして、荒くれなガスコン青年隊の、三十年戦争の激戦地アラスでの戦いっぷりは男役の見せ場となっていた。

 脚本・演出を担当した大野拓史氏は、力技でタカラヅカ流に改変するというより、あくまで戯曲が持つ本来の面白さをタカラヅカの強みを活かしながら抽出することに腐心されていたようだ。2020年版の『シラノ…』を観た人は、大手を振って「あのエドモン・ロスタンの名作『シラノ…』を観た」と言えそうだ。

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筆者

中本千晶

中本千晶(なかもと・ちあき) 演劇ジャーナリスト

山口県出身。東京大学法学部卒業後、株式会社リクルート勤務を経て独立。ミュージカル・2.5次元から古典芸能まで広く目を向け、舞台芸術の「今」をウォッチ。とくに宝塚歌劇に深い関心を寄せ、独自の視点で分析し続けている。主著に『タカラヅカの解剖図館』(エクスナレッジ )、『なぜ宝塚歌劇の男役はカッコイイのか』『宝塚歌劇に誘(いざな)う7つの扉』(東京堂出版)、『鉄道会社がつくった「タカラヅカ」という奇跡』(ポプラ新書)など。早稲田大学非常勤講師。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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