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ベートーヴェン第九「喜びの歌」の謎――「神の前に立つ」のは誰か?

杉田聡 帯広畜産大学名誉教授(哲学・思想史)

 今年はベートーヴェン生誕250年である。「第九」演奏会が各地で企画されたというが、コロナ禍のために多くは実現できずに終わりそうである。

 第九初演からすでに200年近い年月が流れたが(1824年初演)、これは今でもくり返し演じられる「現代曲」である。それだけに私には歌詞の意味が気になる。特に「喜びの歌」中頃に出る謎の歌詞の意味が。

例年おこなわれる「1万人の第九」は、新型コロナウイルスのため無観客で実施された=2020年12月6日、大阪市中央区
拡大例年おこなわれる「1万人の第九」は、新型コロナウイルスのため無観客で実施された=2020年12月6日、大阪市中央区

シラー「喜びに寄せて」

 ベートーヴェンはシラーの詩「喜びに寄せて」を用いた。

 シラーの詩は100行をこえる長いものだが、ベートーヴェンはそのうち冒頭およそ3分の1に、しかも詩行を取捨選択し順序を変えて曲をつけている。大まかに見て第4楽章は、人間の現世・地上での喜びを歌った前半部と、神・創造者等の超越者との関係で喜びを歌う後半部よりなる、と理解していただきたい。

「すべての人は同胞となる」

 冒頭の歌詞は次のようである(以下、杉田訳)。

 「喜びよ、美しい神々の火花よ/楽園の娘よ/〔3、4行目略〕/お前の魔力は、世の習いが/厳しく分けたものを、再び結びつける/お前のやわらかな翼がとどまると、/すべての人は同胞になる」

 前半部では以上を含む24行が使われるが、以上の1~2行目「喜びよ……楽園の娘よ」、および7~8行目「お前の……同胞になる」は、後半部でもたびたび登場する。

 だが、後半部の主要主題としてくり返されるのは、次の詩句(特に前者)である。

 「いだきあえ、幾百万の人々よ!/この口づけを全世界に!/同胞たちよ、天球のかなたに/神が住むに違いない」

 「ひざまずいているか、幾百万の人々よ?/創造者を感じているか、世の人々よ?/創造者を天球のかなたに探せ!/星々のかなたに彼は住むに違いない」

 ベートーヴェンは原詩の順序を変えたが、それは、ここ後半部で神・創造者といった超越的な存在を登場させるためである。前半で現世的・地上的な喜びを語った後、後半では宗教的な喜びが讃えられる。

 「宗教的」といっても来世への願いを込めたものではない。むしろ現世・地上における喜び=神の国(心の平安、世界の平和)の実現を願い、ベートーヴェンは後半部で、「すべての人は同胞になる」、「いだきあえ、幾百万の人々よ!/この口づけを全世界に!」と、何度も歌わせている。

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筆者

杉田聡

杉田聡(すぎた・さとし) 帯広畜産大学名誉教授(哲学・思想史)

1953年生まれ。帯広畜産大学名誉教授(哲学・思想史)。著書に、『福沢諭吉と帝国主義イデオロギー』(花伝社)、『逃げられない性犯罪被害者——無謀な最高裁判決』(編著、青弓社)、『レイプの政治学——レイプ神話と「性=人格原則」』(明石書店)、『AV神話——アダルトビデオをまねてはいけない』(大月書店)、『男権主義的セクシュアリティ——ポルノ・買売春擁護論批判』(青木書店)、『天は人の下に人を造る——「福沢諭吉神話」を超えて』(インパクト出版会)、『カント哲学と現代——疎外・啓蒙・正義・環境・ジェンダー』(行路社)、『「3・11」後の技術と人間——技術的理性への問い』(世界思想社)、『「買い物難民」をなくせ!——消える商店街、孤立する高齢者』(中公新書ラクレ)、など。

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