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大阪15年→ソウル15年→東京10年→ソウル10年。いちばん厳しいのは東京だった

ミン・ヨンチ ミュージシャン 韓国伝統音楽家

東京がいちばん厳しかった

 初めのソウルも厳しかったが、ある意味1番厳しかったのが東京かな……よそ者にきびしい。

 まず住む家をなかなか借りれなかった。あまりにも借りれないので、理由を不動産の人に聞いてみたら、「東京では在日外国人は日本に永住権があっても一般の外国人と同様に思われて、売買は簡単だが賃貸は信用問題になるので難しい」と。

 ではなぜ外国人はダメかってたずねると、規約を守らないから、と。よく部屋でパーティーするイメージがあるからって……。

 私はあるマンションを借りようとしていたが、管理会社が中に入ったり、普通では払わなくてもいい保証金をかけたり。それでもダメで、不動産の人から「ミンさん、もし日本名があったらそれで契約したら簡単だ」と言われた。

 けど、私は役所に通称名を登録していなかったのでそれもダメ……結局、家主本人が私をネットで調べたらしく、この人ならということで、借りることが出来たのだが、大変苦労した。

 東京以外ではここまで厳しくないとも聞いている。

 当時、私は東京でも、故郷である関西弁を使っていた。

 東京に行けば東京弁をしゃべった方がいいかもしれません、最初はそう思いましたが、私の頭の中には日本語と韓国語が存在していて、その中で関西弁と東京弁とを使い分けるのがめんどくさくなって、それで伝わったらいいやと思い、関西弁で話すことにした。

 そうしたら、結構言われた。関西弁似合わないとか。関西弁もまねされた。まあ、下手でそれが面白かったりするのだが。

 あげくの果てには飲み屋やバーで、知らない客から文句言われたり。もしかして私の職業が韓国伝統音楽家で、それにプラスして様子があまりにもカッコよくシュッとしていたのでイメージと合わなかったのだろうか。(←ココ笑うところです)

 美人女優さんたちもみんな共通語です。これは方言を使うと美人ではないという潜在的価値観なのでしょうか。

 なんかおかしい。

拡大Franzi/Shutterstock.com

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筆者

ミン・ヨンチ

ミン・ヨンチ(閔 栄治) ミュージシャン 韓国伝統音楽家

大阪生まれ。幼少の頃からブラスバンドやドラムを経験し、高校から韓国へ。旧李王朝雅楽部養成所であった国立国楽高等学校に入学、ソウル大学音楽学部国楽科卒。1992年サムルノリ競演大会個人部最優秀賞。1992年国楽室内管弦楽団「スルギドゥン」に入団。1993年スーパー・パーカッション・グループ「PURI」創団メンバー。イ・ムンセ(歌手)のテレビ番組にも出演。現在も韓国伝統音楽とジャンルの違う音楽とのコラボレーションに活動中で、2009年に立ち上げた公演「新韓楽」ではジャズとコラボ―レーションした。日韓両国で数多くの公演。アルバム「HANA」(2015年/ユニバーサルミュージック・ジャパン)をリリース。ライブでは日本全国3万人を動員。国楽管弦楽の作曲にも力を入れ、2014年韓国文化芸術委員会で作曲賞受賞。「大衆に楽しんで聞いてもらえる楽曲作り」を目指す。現在、韓国芸術総合大学、梨花女子大学、秋藝芸術大学講師。

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