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[2020年 映画ベスト5]戦う若者を描いたヨーロッパ映画の健闘

「ミニシアター・エイド」と東京国際映画祭で見えた日本映画界の方向性

古賀太 日本大学芸術学部映画学科教授(映画史、映像/アートマネジメント)

1.『マーティン・エデン』(ピエトロ・マルチェッロ監督)
2.『レ・ミゼラブル』(ラジ・リ監督)
3.『ある画家の数奇な運命』(フロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルク監督)
4.『燃ゆる女の肖像』(セリーヌ・シアマ監督)
5.『シチリアーノ 裏切りの美学』(マルコ・ベロッキオ監督)
次点:『スパイの妻』(黒沢清監督)、『れいわ一揆』(原一男監督)、『37セカンズ』(HIKARI監督)、『おらおらでひとりいぐも』(沖田修一監督)、『ロマンスドール』(タナダユキ監督)、『のぼる小寺さん』(古厩智之監督)、『三島由紀夫vs東大全共闘 50年目の真実』(豊島圭介監督)、『バクラウ 地図から消された村』(クレベール・メンドンサ・フィリオ)、『はちどり』(キム・ボラ監督)、『ロングデイズ・ジャーニー この夜の涯てへ』(ビー・ガン監督)、『鵞鳥湖の夜』(ディアオ・イーナン監督)

映画祭:『チンパンジー属』(ラヴ・ディアス監督)、『荒れ地』(アーマド・バーラミ監督)、『ファン・ガール』(アントワネット・ハダオネ監督)=東京国際映画祭、『死ぬ間際』(ヒラル・バイダロフ監督)、『海が青くなるまで泳ぐ』(ジャ・ジャンクー監督)=東京フィルメックス

話題:コロナ禍の「ミニシアターを救え!」運動の成功と東京国際映画祭の改革元年

 今年はコロナ禍で4月初旬から約2カ月映画館が閉じるという前代未聞のできごとがあった。今から考えると、映画館で観客は基本的に同じ方向を向いて、話をしないのだから、日本程度の感染者数で閉じる必要があったか疑問は残る。だが当時は政治を筆頭に社会全体がある種のパニックに陥った感があった。映画界も大きな影響を受けた。映画館の再開後も座席を減らしたり、撮影や公開が延期になったり。

 アメリカ映画の公開が何本も来年に延期されたせいかわからないが、今年はヨーロッパ映画の健闘が目立った。ベスト5では、イタリアの『マーティン・エデン』(フランスと合作)と『シチリアーノ 裏切りの美学』、フランスの『レ・ミゼラブル』と『燃ゆる女の肖像』、ドイツの『ある画家の数奇な運命』と伝統を誇る映画大国が力を見せた。それも監督は『シチリアーノ 裏切りの美学』のマルコ・ベロッキオ(81歳!)を除くと40代ばかりと若い。

『マーティン・エデン』=2019 AVVENTUROSA IBC MOVIE- SHELLAC SUD -BR -ARTE ミモザフィルムズ提供『マーティン・エデン』=2019 AVVENTUROSA IBC MOVIE- SHELLAC SUD -BR -ARTE ミモザフィルムズ提供

 そのせいか、今年はまさに青春を描いた映画が多かった。それも戦う若者が中心だ。去年は映画ベスト5に選んだ映画を「老人や中年が昔を思い出す映画が多い」と書いたのだが、今年はまるで違う。『ある画家の数奇な運命』と『燃ゆる女の肖像』は若い画家が主人公で『マーティン・エデン』は小説家を目指す男を描き、芸術を扱った作品が3本あるのも特徴だろう。

1人の小説家を描いた清冽で抒情溢れる『マーティン・エデン』

 『マーティン・エデン』は無学な男が金持ちの令嬢と知り合ったことをきっかけに小説家を目指す話。ジャック・ロンドンの小説『マーティン・イーデン』を大胆にも舞台を20世紀のイタリア・ナポリに移し、1人の作家の誕生とその後を描く清冽で抒情溢れる青春映画となった。

 文字もろくろく書けない青年が、愛と文学に同時に目覚め、猪突猛進する姿がいい。ひたすら本を買って読み、タイプライターを打つ。断られても、断られても書き続ける。彼の成功を祈るエレナ、何とか応援しようとする姉、郊外の部屋を貸すシングル・マザーのマリア、才能を見抜いた老詩人のブリッセンデン、鋳物工場からの友人ニーノなど見守る人々の優しさが染みる。

 猪突猛進のマーティンのシーンの合間に挿入されるのはナポリの人々の生き生きとした姿。さらに禁止された本の焚書の場面などアーカイブ映像も混じる。それもまた「大いなるナポリ」としてマーティンの存在を見守り支える。粒子の粗い16㎜の映像と濃い色彩が目に焼き付く。明らかに映画狂の監督が作った愛おしい作品だ。

 『レ・ミゼラブル』は移民社会のフランスの現在を見せる作品だ。題名はビクトル・ユゴーの同名の小説やそれを原作としたミュージカルを思わせるが、全く違う。舞台はパリ郊外のモンフェルメイユで、移民や低所得者層が住む危険な地区として知られる。そこでの警察と住民のいざこざが描かれるが、この題名を使ったのは、モンフェルメイユという街が、ジャン・ヴァルジャンが出会う女性が娘を育てる場所としてユゴーの原作に出てくるから。

レ・ミゼラブル」のラジ・リ監督『レ・ミゼラブル』のラジ・リ監督

 おもしろいのは

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