『スパイの妻<劇場版>』、『イップ・マン 完結』……
2020年12月28日
『スパイの妻<劇場版>』(黒沢清)
戦前、戦中の神戸を舞台に、おぞましい国家機密を知った貿易商の夫(高橋一生)とその妻(蒼井優)の葛藤と行動を、サスペンス豊かに描いた歴史ミステリーの傑作。本作から学ぶべきは、市民が国家権力の狡知(こうち)に抗するには、自らもまた国家の裏をかく周到な戦略/共謀が必須だということ。精緻な脚本設計による二転三転四転の展開や、映画内映画などの小道具/仕掛けの卓抜さもお見事!(2020・10・15、同・10・16の本欄参照)
『イップ・マン 完結』(ウィルソン・イップ)
ご存じ、ドゥニー・イエン扮する詠春拳の達人、「イップ・マン」シリーズの最終章。クライマックスの、イップと白人至上主義者の米海兵隊軍曹との闘いに至るまでの展開が、見る者の琴線に触れ、興奮&感涙必至!(2020・07・16の本欄参照)
『Mank/マンク』(デヴィッド・フィンチャー)
オーソン・ウェルズ『市民ケーン』製作の舞台裏を、脚本家ハーマン・J・マンキーウィッツ=マンクを主人公にして描いた伝記映画の逸品だが、映画界の大物らが複雑怪奇なドラマを織りなす点で、1930~40年代のハリウッドの裏面史としても非常に興味深い。Netflix製作でフィンチャー6年ぶりの商業映画(2020・12・11の本欄参照)。
『テッド・バンディ』(ジョー・バーリンジャー)
稀代の連続殺人鬼の伝記フィクション映画だが、このジャンルにありがちな残虐シーンをほとんど省略し、かといってバンディの“心の闇”に拘泥する心理主義をも排し、人当たりのよい態度で言葉巧みに捜査網をかいくぐる彼が、最後の裁判では次第に追い詰められていく様を、いわば不即不離の距離で描く傑作。変質者にして良き夫であり父でもあったバンディの人格の二重性(?)を、ザック・エフロンが好演。また本作は、冤罪被害に遭った主人公の受難を描くクリント・イーストウッドの秀作、『リチャード・ジュエル』とコインの裏表をなす点でも注目すべき犯罪ドラマだ。Netflix配給(2020・02・07、同・02・13、同・02・19の本欄参照)。
『シチリアーノ 裏切りの美学』(マルコ・ベロッキオ)、あるいは『アルプススタンドのはしの方』(城定秀夫)、あるいは『初恋』(三池崇史)
“イタリア映画最後の巨匠”ベロッキオの逸品は、マフィアの大物が司法取引によって組織を“裏切る”驚愕の顛末を優れた画力と演出で描く(2020・09・09の本欄参照)。
城定作品は母校の野球部の応援のために甲子園にやって来た演劇部の高校生らが、互いの距離をおずおずと測りあいながら、相手と自分を傷つけないよう忖度しながら慎重に言葉を交わし、クラス内での自分のカースト(階層)を見定めようとする今風の“低体温青春映画”だが、フィールドをいっさい写さず、スタンドの彼・彼女らのみを写すカメラ・アングルがユニークな傑作。
三池作品は、お得意のバイオレンス活劇に初のラブストーリーを加味した血沸き肉躍る、そしてズッコケる快(怪?)作で、主演の男女二人の弱さを、ベッキー(凄い!)、大森南朋、内野聖陽らが補って余りあるアッパレな出来栄え。
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