劇作家・演出家の瀬⼾⼭美咲さんによる、コロナ禍の中での「演劇」についての論考の【下】です。自粛期間中に、『オレステスとピュラデス』と現代能楽集X 『幸福論』という、古典を題材にした2作品を執筆した瀬戸山さん。人々が古代から演劇という“体験”を通して、自分と社会を見つめてきた歴史を手がかりに、論を進めます。【上】はこちら。
ギリシャ悲劇の「空白」を書いて見えたこと

KAAT神奈川芸術劇場で上演した『オレステスとピュラデス』(瀬戸山美咲作、杉原邦生演出=細野晋司撮影
『オレステスとピュラデス』はギリシャ悲劇の「新作」である。
復讐の連鎖の果てに母を殺し、「復讐の女神たち」に追われるようになったオレステスという青年が呪いから解放されるために、従兄弟のピュラデスとギリシャからタウリケという土地を目指す。
現存しているギリシャ悲劇では、旅立ちの前と到着した後の物語しかない。そのあいだのことを想像してみたいというのが演出家の杉原邦生さんからのオーダーだった。存在しない話を捏造するという大胆な企画に私は心踊った。そしてギリシャに飛んでいきたいという衝動を抑えつつ、緊急事態宣言中、机の前で旅をした。
オレステスたちは戦争の勝者であるギリシャの若者で、目的地にたどり着くには戦争の敗者であるトロイアを通過しなければならない。旅を通して彼らが父親の起こした戦争の被害者たちと出会っていくという筋立てだ。
執筆にあたって改めてギリシャ悲劇に触れ、人間は2000年以上前から本質的に何も変わらないということを思い知った。憎しみに溺れやすく、すぐに争いごとを起こす。戦争となれば弱いものにしわ寄せが行くが、為政者はその声に耳を傾けない。
戦争とコロナ禍を同一視はできないが、コミュニティを揺るがすような大きな出来事が起きると、人々は対立を強め、そして役に立たないと見なされた人は切り捨てられる。
うんざりするくらい人間は変わらないが、これだけ変わらないからこそギリシャ悲劇は今日まで上演され続けてきている。演劇はすぐに傾き沈みそうになる私たちの船に“もう一つの価値観”を提示し続けてきた。
それでも人間の暴走は止められず戦争は起こった。しかし、どんなに戦争が起きても、戯曲は再び上演され、その時代に生きる人々とコミュニティに示唆を与えてきた。そして、異なる価値観を持つ者たちが共存していくための知恵を提示してきた。それこそが演劇の存在理由のひとつだと思う。
KAAT神奈川芸術劇場プロデュース
『オレステスとピュラデス』
2020年11月28日~12月13日 KAAT神奈川芸術劇場で上演
瀬戸山美咲作、杉原邦生演出
鈴木仁、濱田龍臣、趣里、大鶴義丹らが出演
映像を2021年1月3日まで配信で見ることができる