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劇場、それは精神を守る場所

コロナ禍の中で考える、演劇の現在と未来【下】

瀬戸山美咲 劇作家・演出家

心の負荷、喪失を分かち合う場としての劇場

拡大現代能楽集Ⅹ『幸福論』弐『隅田川』(長田育恵作、瀬戸山美咲演出)=細野晋司撮影

 特に『隅田川』は、能の原曲からして今こそ上演すべき作品だったと思う。

 戦国時代、子どもをさらわれた女性が我が子を求め、京都から隅田川のほとりまでやってくる。そこでは1年前に亡くなった子どもの供養がおこなわれていた。その子どもとはまさにその女性の子どもで、念仏を唱える中、居合わせた人たちはその子どもの姿を見る。ひとつの奇跡を描いた物語だが、亡くなった子どものことを母親だけでなくみんなで弔うことに物語の本質がある。

 この作品が第二次世界大戦後に上演されたとき、観客たちはみんな涙を流したという。身近な人を亡くしたその喪失に『隅田川』はそっと寄り添った。

 今はどうだろう。私たちは去年よりも「死」の近くにいる。悲しい別れのニュースが続き、自分自身も生命の危険に常にさらされている。相当な精神的負荷が私たちにかかっている。だけれど、それをひとりで背負わなくていいと『隅田川』は教えてくれる。

 念仏を唱える人たちの姿は、劇場に集まる人たちの姿とも重なる。私たちは、今起きている出来事を、身体を通して共有することが必要なのだ。劇場は、人と人が思いを分かち合うのにふさわしい場所のひとつだ。実際に集まって同じものを見ている人の体温を感じる。そのことは孤独をやわらげてくれる。

 もちろん近くに劇場がない人や、健康上の理由で劇場に足を運べない人もたくさんいるだろう。そのために、演劇も配信などの可能性を広げていく必要があることも今年、多くの演劇人が気づいた。でも、どんな人も劇場にアクセスできる環境を整えていくことも大事なのではないかと思う。


筆者

瀬戸山美咲

瀬戸山美咲(せとやま・みさき) 劇作家・演出家

1977年生まれ。2001年、演劇カンパニー「ミナモザ」を旗揚げし、現実を通して社会と人間の関係を描く作品を発表。16年、パキスタンで起きた日本人大学生誘拐事件を描いた『彼らの敵』が読売演劇大賞優秀作品賞。19年『夜、ナク、鳥』『わたし、と戦争』、20年『THE NETHER』で同優秀演出家賞受賞。20年芸術選奨文部科学大臣賞新人賞受賞。ラジオドラマの脚本も手がけ、16年、FMシアター『あいちゃんは幻』で放送文化基金賞脚本賞。映画『アズミ・ハルコは行方不明』『リバーズ・エッジ』などの脚本も手がける。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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