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『蒲田行進曲』が日本アカデミー賞を独占した夜

平田満、風間杜夫の快挙に興奮

長谷川康夫 演出家・脚本家

日本アカデミー賞で婚約者を披露

 第6回日本アカデミー賞の授賞式が行われたのは、たしかその小説の完成間近ではなかったか。『蒲田行進曲』が主な最優秀賞を総なめにしたそれを、僕は自分の部屋のテレビで一人観ていた。

 つかの脚本賞受賞はテレビ中継前に終わっていて、番組ではその場面の紹介映像が流れただけだったと思う。つかは「そんな場所に俺は行かねぇ」と息巻いていたのだが、代理でトロフィーを受け取ったのが、着物姿の生駒直子だったことに僕は驚いた。そこで彼女はこう紹介された。

 「つかこうへいさんの婚約者」

 もちろんそれは、僕もすでに知っている事実だった。

 80年、酒井敏也と共に最後の劇団員となった生駒だったが、11月の『蒲田行進曲』初演では銀ちゃんの若い恋人、翌年4月の『ヒモの話』では田中邦衛演じるヒモと前妻の間の一人娘と、それぞれ重要な役を演じた。しかし以降、2度の『蒲田』の再演では舞台に立つことがなく、その場面自体も無くなってしまった。

 そうすることのつかの思いのようなものは、僕も薄々感じていたから、結果、ふたりが一緒になると知っても、ごく自然な流れとして受け止めた。しかしまさかこんな派手な場を使って、それを公にするとは。

 「つかさん、やるなぁ……」思わずそうつぶやいていた。

拡大朝日新聞に掲載された映画『蒲田行進曲』の批評=1982年10月8日付夕刊

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筆者

長谷川康夫

長谷川康夫(はせがわ・やすお) 演出家・脚本家

1953年生まれ。早稲田大学在学中、劇団「暫」でつかこうへいと出会い、『いつも心に太陽を』『広島に原爆を落とす日』などのつか作品に出演する。「劇団つかこうへい事務所」解散後は、劇作家、演出家として活動。92年以降は仕事の中心を映画に移し、『亡国のイージス』(2005年)で日本アカデミー賞優秀脚本賞。近作に『起終点駅 ターミナル』(15年、脚本)、『あの頃、君を追いかけた』(18年、監督)、『空母いぶき』(19年、脚本)などがある。つかの評伝『つかこうへい正伝1968-1982』(15年、新潮社)で講談社ノンフィクション賞、新田次郎文学賞、AICT演劇評論賞を受賞した。20年6月に文庫化。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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