『芦部信喜 平和への憲法学』、『人新世の「資本論」』、『コロナの時代の僕ら』……
*本や出版界の話題をとりあげるコーナー「神保町の匠」の筆者陣による、2020年「私のベスト1」を紹介します。
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大槻慎二(編集者、田畑書店社主)
渡辺秀樹『芦部信喜 平和への憲法学』(岩波書店)
安倍前首相が国会でその名を問われ、知らなかったということでにわかに話題になった「芦部信喜」。さっそく法学部の教科書にもなっている『憲法』(岩波書店)を購ってきたが、当方は文学部出身、門外漢にはちょっと敷居が高かった。
ところが評伝という形でこの法学の泰斗の人生を綴った本書を読むと、戦後繰り返し訪れる「改憲」の波に、彼がどう立ち向かってきたか、その論点や経緯、非戦の道を選んだ〈日本〉という「国柄」が、先人のどんな努力に支えられて成り立ってきたかが如実にわかる。
実は芦部信喜氏、わが母校(長野県伊那北高校)の大先輩にあたる。そして著者の渡辺秀樹氏も、面識はないが同窓の2期上で今は信濃毎日新聞の編集委員をされている。このところ大活躍のKing Gnuの常田大希氏もだいぶ年下の後輩だと知って驚いているところだが、本書を手にして東西3000メートル級のアルプスに挟まれた田舎町を、ちょっぴり誇らしく思った。
佐藤美奈子(編集者、批評家)
古川日出男『おおきな森』(講談社)
帯にある「前人未踏のギガノベル」という謳い文句が納得される作品で、迷いなく「今年のベスト1」に選びたい。作家が描くのは、過去の古川作品が創り上げた世界を土台に、ガルシア・マルケス『百年の孤独』と宮沢賢治『銀河鉄道の夜』の両ワールドが連結されるまでの旅である。連結させるのは坂口安吾であり、小林秀雄であり、ホルヘ・ルイス・ボルヘスやフリオ・コルタサルであり、古川日出男であり、歴史のなかに遺棄されてきた名も無き死者たちであることが感触とともに伝わる。
場所としての「満洲」と「イーハトーブ」が焦点化される本作は同時に、物語をめぐる物語であり、小説作法をめぐる物語であり、本をめぐる物語でもあった。言葉の発生とは、日本語とは、文学とは、音声とは、複製・出版とは、について考えさせられる得がたい時間を味わった。