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「5万回斬られた男」福本清三さんの伝説的な「死にざま」

ペリー荻野 時代劇研究家

死体になりながら、薄目を開けて

 兵庫県出身の福本さんは中学卒業後、一度は米屋で働いたが、客に愛想よくすることがなかなかできず、昭和33(1958)年、親類の伝手で15歳の時に映画の世界に飛び込んだ。いわゆる「大部屋」である。

 「俳優になろうなんて気持ちはまったくないですよ。たまたま紹介されて会社に行ったらいきなり、お前、死体役や、死んどけって(笑)。まあ、そんな世界ですわ。メイクも自分でせえ言われてもやったことありませんから、眉毛描いたら右と左が揃わんと、ちぐはぐになって笑われてね。当時は大部屋だけで何百人もいましたから画面に映るだけでも大変です。スターさんに斬られてアップで映るのは大先輩だけ。わしらは来る日も来る日も、戦場の端で『ワーッ』と言いながら戦ってるか、死んで横たわっているかですわ」

 当時は映画全盛期。東映には片岡千恵蔵、市川右太衛門両御大はじめ、中村錦之助、大川橋蔵など、人気スターが揃い、撮影所は多忙を極めた。そんな中、若き福本さんは、死体になりながら、薄目を開けてスターや先輩たちの演技を見続け、少しずつ学んでいったのだった。

福本さんの代名詞ともいえる「エビ反り」拡大福本清三さんの得意技「エビ反り」=2012年、東京都新宿区
 その経験は、映画が衰退し、テレビの時代になったときに大いに役に立つ。東映の
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筆者

ペリー荻野

ペリー荻野(ぺりー・おぎの) 時代劇研究家

1962年、愛知県生まれ。大学在学中よりラジオパーソナリティを務め、コラムを書き始める。時代劇主題歌オムニバスCD「ちょんまげ天国」のプロデュースや、「チョンマゲ愛好女子部」を立ち上げるなど時代劇関連の企画も手がける。著書に『テレビの荒野を歩いた人たち』『バトル式歴史偉人伝』(ともに新潮社)など多数。『時代劇を見れば、日本史はかなり理解できる(仮)』(共著、徳間書店)が刊行予定

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