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サラリーマンソングは「昭和」をあぶりだす? その1

【32】ハナ肇とクレージーキャッツ「スーダラ節」ほか

前田和男 翻訳家・ノンフィクション作家

「サラソン」は時代の気分を微分する?

 NHKの「サラメシ」が人気のようだ。サラメシ――サラリーマン(ウーマン)の昼メシを突撃取材するだけの、民放のバラエティのコーナーのような安直な番組だが、中井貴一の軽妙なナレーションの力もあってか、意外にも長寿と人気を保ちつづけている。それは、時に学者や研究者による統計数字を駆使した積分的分析よりも、〝たかが昼メシ〟のほうが、日本社会を支えている人々と時代の関わりを微分的にあぶりだすことがあるからではないだろうか。同工異曲の「サラセン」(サラリーマン川柳)もまたしかりである。

 そこで、ひらめいた。だったら、「サラソン」――サラリーマンをネタにした歌謡曲(ソング)でも、同工異曲が成り立つかもしれない。

 すなわち、いかに「サラソン」は世につれ、世は「サラソン」につれてきたか、それをもって、昭和という時代の人々の営みをあぶりだす。ついでに、その只中にあったわが思春期の蹉跌もあわせて総括できれば一石二鳥ではないか、と。

拡大サラリーマンの憩いの場、JR有楽町駅近くのガード下=2013年6月20日、東京都千代田区

歌:ハナ肇とクレージーキャッツ「スーダラ節」「ドント節」「ハイそれまでョ」「無責任一代男」「ホンダラ行進曲」
 いずれも作詞・青島幸男/作曲・荻原哲晶、
時:1961(昭和36)年〜1963(昭和38)年
場所:東京・丸の内

サラリーマンにだけはなりたくなかった子供時代

 物心ついてから高校までのわが幼少年期は、近くの寺の境内でのチャンバラごっこが渋谷は百軒店のジャズ喫茶通いに代わったていどで、大方の同級生たちと同じく、将来のことなど深くは考えず「そのうちなんとかなるだろう」と能天気に毎日を送っていた。ただ、私が周囲とひとつだけ違っていたとしたら、「将来なりたくない職業」だけははっきりしていたことだろうか。

 その職業とは「サラリーマン」である。往時の「サラリーマン」は現在の「俸給生活者全般」をさすそれとはニュアンスが相当に違っていて「かなり上等」な響きがあった。それゆえ、母親も、そして一人っ子だった父親が自慢の祖母も、父が「会社員」や「勤め人」ではなく「サラリーマン」と呼ばれるのをとても喜んでいた。

 それなのに、その息子の私が、なぜ幼少時から「サラリーマン」だけにはなりたくないと思っていたのか? それは子供心にも、その仕事がなんだか正体不明で、どこか「あやしげ」に思えたからなのだろう。

 私は大学の1年まで目黒区は中目黒で、父親の会社が借り上げた社宅に住んでいた。駒沢通りから少し脇へ入ったわが界隈は、わが家もふくめてまだ汲み取り便所で、同級生では私のような勤め人(「サラリーマン」と呼ばれる層はそのごく一部だった)の子がせいぜい2割、残りは商売人や職人の子供たちのごった煮だった。

 たとえばY君の父親は東急電鉄の保線夫で東横線をはじめ東急の鉄道とバスの全路線乗り放題の家族パスをもっていたので、私はそれが魅力で積極的に接近して「親友」になった。おしゃまなI子の家は小間物屋で、母親が商売柄知り得た個人情報を広める「放送局」、音楽のT先生と同級生の母親との不倫の噂の発信地はここだった。F君の家業は職人と親方2人の町工場で、しばしばグラインダーでベーゴマを磨いてもらい、勝率向上に寄与してくれた。それ以外にも隣りのクラスで文武両道だったN君の稼業はバナナ屋、転校生のS君は駒沢通り沿いのわが町にはじめて出来たフランス料理屋(といっても実態はスパゲッティも出す洋食屋だったが)の息子といった調子だった。いずれの一家も正体は明快でコミュニティでそれぞれの役割を果たしていた。

 ところがわが家ときたら、何をしているのか級友に聞かれても「父親は毎日、日曜も朝早く出かけて夜遅くにならないと帰ってこない」と要領を得ない答えしかできなかった。

 しかし、小学校まではぼんやりしていた父親の職業の正体が明らかになる出来事が二つもほぼ同時に重なり、以来、私の中に「サラリーマン忌避の気分」が決定的にわだかまるようになったのである。

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筆者

前田和男

前田和男(まえだ・かずお) 翻訳家・ノンフィクション作家

1947年生まれ。東京大学農学部卒。翻訳家・ノンフィクション作家。著作に『選挙参謀』(太田出版)『民主党政権への伏流』(ポット出版)『男はなぜ化粧をしたがるのか』(集英社新書)『足元の革命』(新潮新書)、訳書にI・ベルイマン『ある結婚の風景』(ヘラルド出版)T・イーグルトン『悪とはなにか』(ビジネス社)など多数。路上観察学会事務局をつとめる。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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