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「奴隷狩りの悪夢」から生まれた愛と自由の物語

【4】「ブレードランナー」の原作を読んでみた

中川文人 作家

 さすがにカルト・ムービーと言われるだけあって、『ブレードランナー』(1982年)に関する情報は豊富である。ネット上ではいろんな人が解説をしているし、関連書籍もいろいろ出ている。

 私も少し勉強しようと思い、『ブレードランナー』に関わった脚本家や映画プロデューサーのインタビュー集『ブレードランナー証言録』という本を読んでみた。

 この本は「〝ブレランフリーク〟のネタ元」と呼ばれるもので、映画化までの経緯や撮影現場の様子、有名なシーンの意味など、ブレランフリークが喜びそうな話がいろいろ載っている。ブレランフリークの間で議論になっている「ブレランの謎」にも答えている。おかげで私もだいぶ『ブレードランナー』に詳しくなったのだが、この本を読んだことで新たな疑問も生まれた。

『電気羊』はなぜ嫌われるのか?

イラスト・斉田直世

 映画『ブレードランナー』の脚本を担当したハンプトン・ファンチャーは、この映画の原作者であるフィリップ・K・ディックと初めて会った時の話として、こう語っている。

 「ディックはロサンゼルス近郊のオレンジ郡にある大学で教鞭をとっていた。彼から『ユービック』という著書をもらったが、私は気に入らなかった。『電気羊』もあまり好きではなかった。」

 この『電気羊』というのは、映画『ブレードランナー』の原作であるディックの長編SF小説『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』のことである。

 フィリップ・K・ディックは癖のある作家で、その作品には毒がある。だから、好きではないという人がいても不思議ではない。

 しかし、ファンチャーはただの読者ではない。『電気羊』の映画化に深く関わっている人間である。そういう立場の人間は、普通、こうは言わない。「原作をどう思うか?」と聞かれたら、「大好きです」とか「感銘を受けました」とか、そういう風に答えるものである。心の中ではそう思っていなくても、そう答えるのが原作者への礼儀である。

 ところが、ファンチャーははっきりと「気に入らない」「好きではない」と答えている。そして、さらに不思議なことにインタビュアーもそれに驚いていない。「そうだよねー」という感じで流している。

 ファンチャーは他の箇所でも、「彼の作品を気に入ったことはない。読んだのは『ユービック』と『電気羊』だけだが、どちらも気に入らなかった。」と言っているから、インタビュアーの聞き間違いとか、翻訳者の誤訳とか、そういうわけではないのだろう。

 『ブレードランナー証言録』には、2017年に劇場公開された『ブレードランナー 2049』の脚本を担当したマイケル・グリーンも登場する。『2049』は映画がオリジナルで、原作と言えるものはない。が、『2049』も元をたどればディックの『電気羊』に行き着く。そこでインタビュアーは『電気羊』の話を振るのだが、それに対してグリーンはきっぱりとこう言っている。

 「私はサイエンスフィクションの大ファンですが、この作品は好きではありません。」

 いったいこれはどういうことなのか? なぜ、みんな、『電気羊』を嫌うのか?

 そんな疑問を頭に置きながら、フィリップ・K・ディックの『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』を読んでみた。 

特異な人生を歩んだ作家

 『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』の著者、フィリップ・K・ディックは1928年に生まれたアメリカのSF作家である。生誕地はイリノイ州シカゴだが、人生の大半はカリフォルニア州で過ごしている。

フィリップ・K・ディック『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』(ハヤカワ文庫)
 ディックは多作な作家で日本でも多くの作品が出版されている。いったいどのくらいあるのか。ディックの著作権管理人のポール・ウィリアムズはこう言っている。「(ディックは1982年3月、53歳の若さでこの世を去るまで)30年にわたって作家として小説を書き続け、その間に少なくとも48本の長編小説を書き上げ、そのうち34本が生前に出版された。また、100本を超える短編といくつかのエッセイとスピーチ、数え切れないほどの手紙、そして、1974年春に体験した神秘的な出来事の意味を取り憑かれたように探る百万語を超えるメモを残した」(『フィリップ・K・ディックの世界』より)。

 ディックは特異な作品を書く作家として知られているが、彼の送った人生もまた特異な人生と言える。生涯に5回結婚し、5回離婚。麻薬患者用のリハビリ施設にいたこともある。また、公民権運動、ベトナム反戦運動、学生運動、カウンターカルチャーなどとの関わりも深く、何者かに自宅を爆破されたこともある。

 作品の売れ方も特異で、ポール・ウィリアムズは次のように言っている。

 「ディックがこの世を去り、その長編『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』を映画化した『ブレードランナー』が公開されるまで、アメリカではSF界と学者サークルを除くと、彼の名前はほとんど知られていなかった。」

 「ディックが作家としていち早く評価され、名前が広く知られるようになったのは、地元北アメリカではなく、フランス、日本、ドイツ、イギリス、スペイン、オーストラリア、オランダ、イタリア、そして、スウェーデンといった国々でのことだった。彼は世界的な作家であり、実のところ生涯のほとんどを通じて、年収の半分かそれ以上は、海外の収益から得ていたのだ。」

 日本のSFファンの間では、ディックは第二次世界大戦で日本が勝利した並行世界を描いた『高い城の男』などで早くから人気があったようだが、ディックの名が一般に知られるようになったのは、日本でも

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