つくり手に寄り添った「京もの補助金」
2021年01月22日
新型コロナウイルスのパンデミックによって、仕事をする誰もが影響を受け、変化を迫られている。中でも、大きな傷を負った業種の一つが、公演の中止や延期、規模縮小などを迫られている舞台芸術界だ。能楽や歌舞伎などの伝統芸能も、公演を軸に、舞台に立つ人たちと裏で支える人たちで成り立つ、ひとつの産業である。それを生業にしている大勢の人たちもみな、経済的な打撃を受けた。
私は、伝統芸能の裏方やその公演に使うさまざまな「道具」を作る職人たちを取材、調査している。彼らの声を聞く中で、「現場のことをよく理解してくれた施策だった」と評価の高い公的支援制度を知った。
京都府が実施した「『京もの指定工芸品』購入支援事業費補助金」(以下「京もの補助金」) だ。
西陣織や京扇子なども指定されているため、伝統芸能の演者が衣装や道具などを新調する場合にも、この制度を使うことができる。
私が初めて「京もの補助金」の存在を知ったのは、2020年の6月ごろ。能や狂言のコスチュームである能装束を作る佐々木能衣装(京都市)の調査に訪れたときのことだった。
「私たちへの支援もありがたいですが、買う側の能楽師さんたちに支援があるほうが、本当はいいんですよ。やっぱり私たちは『仕事がある』ということが一番ありがたい。仕事があって、きちんと経営が成り立てば後継者も、しぜんとできますから」
その言葉を聞いて、はっとした。
「お金をもらえる」と「仕事がもらえる」は、似ているようで全然違う。ものづくりに携わる人にとって大事なのは「いつも通りの仕事で、お金を得られる」ことなのだ。
特に、芸能の世界のものづくりは、その多くがオーダーメイド。作る人と使う人は、がっちりつながっている。職人は使う人の顔を思い浮かべながら、自慢の腕をいかして、めいっぱい仕事をする。それに満足してもらって、お金を得る。それが心の幸福や矜持につながっている。
それに、「仕事」であれば、いつも連携しながらものを作っている外部の職人たち、たとえば佐々木能衣装ならば、刺繍をする人や金箔を作ってくれる人たちへも、お金がまわる。ものづくりに関わるみんなに、お金が行き渡る。
京もの補助金は、補助率の高さもさることながら、作る人の本当の望みにかなった仕組みが画期的なのだと気づいた。使う人(能楽師)のところにお金が入り、必要なもの(能装束や扇)を、信頼するところから(店や職人)買うわけだから、気持ちの面でも無理がない。そして、使う人も、作る人たちも両方いっぺんに、応援できる。その延長線上で、能楽の舞台がよいものになるわけだから、伝統文化の伝承にもつながる。まさに三方よし、の制度なのだ。
職人たちに「これ、これ!」と言わせた、この制度はどんな風に作られたのか。
「制度」というとツンと済ましたもののようにも感じるが、オギャーと生まれる瞬間がある。「京もの補助金」は、ものを作る現場の実情と、働いている人たちの気持ちをよく知った行政担当者の経験と熱意が生み出した。担当部署は、京都府商工労働観光部の染織・工芸課。さすが伝統のものづくりの宝庫、ちゃんとこういう部署があるのだ。
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