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日本と韓国、演劇で結ばれた20年

現代戯曲のリーディングを重ねて【上】

石川樹里 翻訳、日韓演劇コーディネーター

 日本と韓国で戯曲を翻訳して紹介し合う演劇交流が20年続いている。この間に取り上げられた戯曲は日韓合わせて約100本。それぞれの国に生きる人々の思いや、社会や歴史へのまなざしを映し出す膨大な作品群を通して、両国の演劇人と観客は、理解を深め合ってきた。このプロジェクトの歴史と成果を、ソウル在住の翻訳家、石川樹里さんが振り返り、考える(上下2回で掲載します)。

ドラマリーディング、20年の積み重ね

2021年1月27~31日に東京都杉並区の座・高円寺で開催される「韓国現代戯曲ドラマリーディングⅩ」のちらし
 「韓国現代戯曲ドラマリーディングⅩ」が2021年1月27日から31日まで、東京都杉並区の座・高円寺で開催される。「Ⅹ」は「第10回」である。

 ひとことで第10回と言ってしまえば、なんということはないが、2年に1度の事業だから、20年間積み重ねてきた日韓演劇交流の節目と考えると、ずしりと重い。

 私は今、ソウルでこの原稿を書いている。コロナさえなければ、今頃は東京への旅支度をしていただろう。1回目から翻訳者として、また主に韓国側の事務方の一人として関わってきた立場から、この交流について振り返ってみたい。

 第1回のドラマリーディングは2002年に杉並区の大学生協会館地下ヴァーシティホールで開催された。

 きっかけは1992年に開かれた「日韓演劇人会議」だった。主催した日本演出者協会は、その後も韓国演劇協会と協力して、交互に会議やワークショップなど開催し、交流を深めていた。それをさらに発展させるために、日本では2000年に「日韓演劇交流センター」が作られた。韓国では02年に「韓日演劇交流協議会」が設立され、両団体がパートナーとして、戯曲の翻訳紹介事業を始めることになった。

 当初は、お互いの戯曲を3回ずつ、6年計画で紹介し合う予定だった。しかし、始めてみると、なかなか反応も良く、回を追うごとに観客も増えたことから継続され、第10回まで、20年の交流となった。

 事業の柱は、東京とソウルで1年交代で開催する「ドラマリーディング」。まだ知られていない相手の国の戯曲3本を翻訳し、舞台で俳優が朗読形式で上演する。今年はコロナの影響でかなわなかったが、普段の年は、上演に合わせて劇作家らが相手国を訪ね、トークやシンポジウムなども行ってきた。

 毎回、リーディング上演した戯曲3本に、さらに2本を加えた5作を収録した戯曲集も発刊している。一度紹介した作家を重複して紹介しない、女性作家を必ず1人以上含めることを原則に、物故作家から大御所、中堅、若手に至るまで、幅広く紹介してきた。これまで日本と韓国で翻訳紹介された戯曲はそれぞれ50作にのぼる。

2020年の韓国演劇上演ラッシュ

 昨年は、コロナ禍という未曽有の事態により、演劇界は厳しい状況に追いこまれた。2月末以降、日本も韓国も多くの公演が中止や延期になり、年間の公演数は例年の半分にも満たないほどだった。また感染拡大防止のため、海外への渡航と海外からの入国が制限され、実際の行き来を伴う国際交流はほぼ壊滅状態になった。

 そんな状況の中で20年の下半期には、私にとってうれしいニュースが次々に飛び込んできた。日本国内で、韓国戯曲の上演や韓国に関連した素材を扱った公演が相次いで上演されたのだ。

 9月に上演された青年劇場の『星をかすめる風』(イ・ジョンミョン原作小説、シライケイタ脚本・演出)を皮切りに、10月にはフェスティバルトーキョー(F/T)と京畿道立劇場が共同制作した『神の末娘アネモネ』(松井周作、イ・ホンイ翻訳、キム・ジョン演出)が、F/Tにオンラインで参加した。

 さらに名取事務所が『獣の時間』(キム・ミンジョン作、石川樹里翻訳、シライケイタ演出)と『少年Bが住む家』(イ・ボラム作、シム・ヂヨン翻訳、眞鍋卓嗣演出)を上演。11月には文学座の『五十四の瞳』(鄭義信作、松本祐子演出)、12月にはKAAT神奈川芸術劇場と東京デスロックの共同制作公演『外地の三人姉妹』(チェーホフ原作、ソン・ギウン脚本、石川樹里翻訳、多田淳之介演出)、そして流山児事務所の『客たち』(コ・ヨノク作、ホン・ミョンファ翻訳、シライケイタ演出)と続いた。

 これらの作品はどれも素晴らしい舞台成果を上げて、大手日刊紙の演劇評に取り上げられ、年末の2020年回顧欄でも言及された。

名取事務所が上演した『少年Bが住む家』=坂内太撮影
 中でも評価が高かったのは、名取事務所の『少年Bが住む家』だ。中学時代に仲間と一緒に友達を殴って殺してしまい、保護観察処分を受けて20歳で自宅に戻った少年と、世間の冷たい視線に耐えながら暮らす家族の姿を細やかに描き、日本の観客にも同時代の物語として深い共感をもたらした。作品は文化庁芸術祭優秀賞を受賞し、翻訳者のシム・ヂヨンさんは小田島雄志・翻訳戯曲賞、演出した眞鍋卓嗣さんは紀伊国屋演劇賞の個人賞、読売演劇大賞の演出家優秀賞に選ばれた。

朗読から舞台へ、両国で上演が広がる

2019年にリーディング上演された『少年Bが住む家』=奥秋圭撮影
 実は『少年Bが住む家』も、2019年の「韓国現代戯曲ドラマリーディング Ⅸ」で朗読公演され、『韓国現代戯曲集 Ⅸ』に収録された戯曲である。台本の面白さに目をつけた名取事務所が昨年、新演出で舞台に上げた。この台本を書いたイ・ボラムさんは韓国内でも今後の活躍が期待される30代の劇作家だ。今後、彼女の別の作品が日本で上演されるかもしれない。

 このようにドラマリーディングから本公演につながったケースとしては、青年劇場の『呉将軍の足の爪』(パク・ジョヨル作)、流山児★事務所の『代代孫孫』(パク・クニョン作)、文化座の『旅立つ家族』(キム・ウィギョン作)、Team ARAGOTと新宿梁山泊の2団体がそれぞれ上演した『エビ大王』(ホン・ウォンギ作)などがある。また、ドラマリーディングをきっかけに作家の別の作品が日本で上演されたケースとして、東京演劇アンサンブルの『荷』(チョン・ボックン作)などがある。

 逆に韓国でもドラマリーディングから本公演につながったケースは多い。

 『ルート64』(鐘下辰男作)、『沈黙と光』(松田正隆作)、『こんにちは、母さん』(永井愛作)、『屋根裏』(坂手洋二作)、『杏仁豆腐のココロ』(鄭義信作)、『悔しい女』(土田英生作)、『親の顔が見たい』(畑澤聖悟作)、『プランクトンの踊り場』(前川知大作)、『ぬけがら』(佃典彦作)、『偉大なる生活の冒険』(前川司郎作)などが韓国内で上演された。

 特に『悔しい女』は月刊「韓国演劇」の2008年ベスト7に選ばれただけでなく、韓国で最も権威ある東亜演劇賞の新人演出賞と演技賞を受賞。『ぬけがら』は国立劇団の企画公演として、『親の顔が見たい』は神市カンパニーの制作で世宗Mシアターで上演され、高い評価を得た。

 また、韓国で出版されている『現代日本戯曲集』の1~9巻が大学図書館にも入っているので、演劇を専攻する学生たちがワークショップや自主公演として上演を希望するケースも多い。

 例えば、2002年に私が翻訳した鐘下辰男さんの『ルート64』はオウム真理教による坂本弁護士一家殺害事件を題材にしたものだが、最近でも年に1、2度は上演の問い合わせが来る。時と場所をこえて韓国の若い世代がこの戯曲を「閉塞感の中で生きづらさをかかえる若者たちの物語」として読み直していることに、翻訳者として新鮮な驚きを感じる。

 台本という演劇の財産を戯曲集として残すことによって、一回性の交流に終わらず、若い世代にもつなげていけることは大変うれしいことだ。戯曲の翻訳出版は、演劇交流において非常に有効な方法だと思う。

俳優をひきつける、韓国戯曲の「熱さ」

 ドラマリーディングをきっかけに韓国演劇に関心を持ち、人生が変わった人もいる。

 前述した『少年Bが住む家』で少年の母親役を好演した鬼頭典子さんもその一人だ。

 2009年3月にシアタートラムで開催された韓国現代戯曲ドラマリーディング『統一エクスプレス』(オ・テヨン作、津川泉翻訳、中村哮夫演出)に出演し、主人公オッカ役を演じて韓国演劇の面白さに目覚めた。

 彼女はこう語る。

 「『統一エクスプレス』に出演して、韓国演劇って本当に面白いと思いました。私が文学座に入った頃はちょうど静かな演劇の全盛期だったので、騒がしくて、熱くて、よく喋るなぁと。海外の演劇人と交流するのもはじめてで、とても楽しかった」

 その後、いくつかの偶然が重なり、それ以前は海外への留学など夢にも考えていなかった鬼頭さんは、約1年半後、文化庁の新進芸術家海外研修員に選ばれて、2010年12月から1年間ソウルに留学。第7回のドラマリーディングでは『五重奏』(キム・ユンミ作)の翻訳を担当するまでになった。

 鬼頭さんのほかにも、韓国演劇の面白さと日韓演劇交流の濃密さに魅せられて、このドラマリーディングに何度も出演してくれた常連の俳優さんもいる。交通費ほどのわずかな出演料しか支給されないにもかかわらず、日韓の演劇交流に愛情を注いでくれた俳優さんたちにも、この場を借りて感謝の言葉を贈りたい。(続きは1月27日正午に公開予定です)