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スペクター伝説の始まり

 ここからスペクターの快進撃がさらに加速する。黒人ガール・グループ、ザ・クリスタルズのヒットソングを連発しながら、有能なアレンジャーや音響エンジニア、後に「レッキング・クルー」と称される凄腕のスタジオミュージシャンたちを集め、自身が理想とする「音」を徹底的に追求していく。スタジオに大人数の演奏者を詰め込み、楽器の音を幾重にも重ね、音圧の強い“壁”のようなサウンド(「ウォール・オブ・サウンド」)をつくり出そうとした。

 スペクターの偏執的ともいえるこだわりは、しばしばスタッフとミュージシャンに長時間のセッションを強い、彼らは意識が朦朧となるほどの疲労状態の中で演奏を続けることになった。これが一つめのスペクター伝説である。

 「ウォール・オブ・サウンド」が明確な成果を生み出した最初の曲は、クリスタルズ名義の「He's A Rebel」(「ヒーズ・ア・レベル」、1962)。後にスペクター御用達となるハリウッドのゴールド・スター・スタジオにミュージシャンがかき集められたが、クリスタルズの面々は誰もいなかった。代わりにマイクの前に立ったのは

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筆者

菊地史彦

菊地史彦(きくち・ふみひこ) ケイズワーク代表取締役、東京経済大学大学院(コミュニケーション研究科)講師

1952年、東京生まれ。76年、慶應義塾大学文学部卒業。同年、筑摩書房入社。89年、同社を退社。編集工学研究所などを経て、99年、ケイズワークを設立。企業の組織・コミュニケーション課題などのコンサルティングを行なうとともに、戦後史を中心に、<社会意識>の変容を考察している。現在、株式会社ケイズワーク代表取締役、東京経済大学大学院(コミュニケーション研究科)講師、国際大学グローバル・コミュニケーションセンター客員研究員。著書に『「若者」の時代』(トランスビュー、2015)、『「幸せ」の戦後史』(トランスビュー、2013)など。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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