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宇佐見りん『推し、燃ゆ』がコロナで心に染みて、わかりみが深すぎる

矢部万紀子 コラムニスト

 新型コロナウイルスがなければ、たぶん私は『推し、燃ゆ』(宇佐見りん著、河出書房新社)を読むこともなかったし、ましてや「わかりみが深すぎる」と思うことなど決してなかったに違いない。ひねくれ者なので、21歳で芥川賞受賞などと聞いた瞬間に「話題作りだな」と反発してしまうのだ。

宇佐見りん『推し、燃ゆ』(河出書房新社)拡大宇佐見りん『推し、燃ゆ』(河出書房新社)
 そんな私が、『推し、燃ゆ』を読んだ。若者言葉は意外なほど使われず、端正な文章で好きなアイドル(=推し)を応援する(=推す)日々と心理が描かれていた。なるほど、そういうことかと、「推し」という言葉が理解できた。正しく理解したか定かではないが、すごく納得した。こういうことを「わかりみが深すぎる」というのだと思ったので、使ってみたのが冒頭で、新型コロナウイルスに覆われた今だからだと思う。

 『推し、燃ゆ』の主人公は、高校2年生のあかり。アイドルグループ「まざま座」の真幸(まさき)を推している。コロナは描かれていないが、しばしば登場するのが「重さ」だ。あかりの一人称で進む物語。体育の授業でプールサイドにいれば、「肉体は重い。……月ごとに膜が剥がれ落ちる子宮も重い」。庭に干したバスタオルが雨に濡れても放置するのは、「水の重さがそっくりそのまま面倒くささだ」。

 コロナ禍でなければ、「若者の生きにくさ」の象徴としかとらえなかったと思う。が、今は違う。どんよりとした閉塞感。いつ終わるのか先が見えない。コロナで「重さ」を実感する。あかりの重さは、推しを推す切実さだとわかる。切実さにつながれる。わかりみが、深くなる。

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筆者

矢部万紀子

矢部万紀子(やべ・まきこ) コラムニスト

1961年生まれ。83年、朝日新聞社に入社。宇都宮支局、学芸部を経て、週刊誌「アエラ」の創刊メンバーに。その後、経済部、「週刊朝日」などで記者をし、「週刊朝日」副編集長、「アエラ」編集長代理、書籍編集部長などをつとめる。「週刊朝日」時代に担当したコラムが松本人志著『遺書』『松本』となり、ミリオンセラーになる。2011年4月、いきいき株式会社(現「株式会社ハルメク」)に入社、同年6月から2017年7月まで、50代からの女性のための月刊生活情報誌「いきいき」(現「ハルメク」)編集長をつとめた後、退社、フリーランスに。著書に『美智子さまという奇跡』(幻冬舎新書)、『朝ドラには働く女子の本音が詰まってる』(ちくま新書)。最新刊に『雅子さまの笑顔――生きづらさを超えて』(幻冬舎新書)

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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