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森喜朗氏発言問題から学ぶこと――昭和の文化を背負って令和を生きる難しさ

野菜さらだ コラムニスト/言語聴覚士

昭和一桁の父のこと~男尊女卑の権化のような行動スタイル~

Edvard Molnar/Shutterstock.com拡大Edvard Molnar/Shutterstock.com

 テレビに映し出される森氏の様子を見ていて、そこに重なってくるのは、昭和一桁生まれの私の父である。

 父は森氏より5つ年上で今年88歳になる。物心ついたころから、私にとって父親というのはただ「怖い」存在であった。大学卒業後から大手ゼネコンに勤め、戦後の高度成長期にまさにイケイケの勢いの会社であったのだろうと思う(当時は子どもなのでそんなことはよくわからない訳だが)。大体、朝早く家を出て夜遅く帰宅するというまさに「企業戦士」のお手本のような父だった。もちろん週休1日、日曜日だけが仕事が休みという時代だ。

 そんな父とのやりとりで思い出すのは、子どもたちや母が何か言えば「うるさい! 女、子どもは黙ってろ」という言葉だ。私が子どもの頃、私には発言権など一切なかったのである。家のことは家長である父がすべて決める、それが当たり前の「文化」であり、それに口を差し挟むことなどできる余地はなかった。

 父に何か気に入らないことがあれば、物が飛んだ。一番すごいものとしては、母のお化粧用の三面鏡が庭に飛んだことがあった。さながら野球漫画「巨人の星」のお父さんのちゃぶ台返しの場面のように、である。そのきっかけが何だったかは覚えていないが、あれ以来うちには三面鏡はなくなった。

 旅行に行くというときも、家族で話し合って決めたという記憶は全くない。どこに行くか、すべて決められていたように思う。たまに「お腹がすいた……」とか移動の車中で言うと「我慢が足りない」と叱られた。

 二言目には「働かざるもの食うべからず」と言われ、毎日決められたお手伝いを行うことが子どもにはもちろん課せられていた。私自身、小学生の頃から「大学行くなら現役で合格しろ、浪人はさせない、落ちたら働け」と言われ続け、浪人することへの恐怖がそのころから植え付けられていたように思う。

 たまに仕事の話を聞くことがあったが、そういう場合にも「女が仕事場に入ると、雰囲気がダレる」とか「女は仕事を任せてもやっぱりだめだ」という、森氏どころではない発言の嵐であった。今の時代であれば、すべてNGであろう。

 今、自分自身の専門の行動分析学という学問分野の視点から一連の父の言動を省察してみれば、

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筆者

野菜さらだ

野菜さらだ(やさいさらだ) コラムニスト/言語聴覚士

本名・三田地真実(星槎大学大学院教育学研究科教授) 教員、言語聴覚士として勤務後、渡米。米国オレゴン大学教育学部博士課程修了(Ph.D.)。専門は応用行動分析学・ファシリテーション論。2016年からオンライン会議システムを使ったワークショップや授業を精力的に行っている。著書に『保護者と先生のための応用行動分析入門ハンドブック』など。教育雑誌連載と連動した 「教職いろはがるた」の動画配信中!

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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