血しぶきを上げて倒れる脇の華
2021年02月14日
「センセイは、ほんとうに凄い役者でした。人間的にも、誰ひとりセンセイのことを悪くいう人はいません」
東映京都撮影所の人々は、みんな口を揃えていう。
〝センセイ〟とは、東映の大部屋俳優福本清三さんのことである。撮影所の関係者は、福本さんのことを〝センセイ〟という愛称で呼ぶ。なぜ先生なのか。
「時代劇で悪い親分に雇われる浪人がいるでしょ。ここ一番の場面で〝先生、お願いします〟って頼まれて、主役に斬られてしまう浪人が。福本さんはその浪人役を何万回と演じられて、いつしか〝センセイ〟と、撮影所の皆が呼ぶようになりました」と、福本清三さんと長年の付き合いがある俳優の細川純一さんが教えてくれた。
東映剣会で鍛え抜かれた殺陣(たて)の技、そして斬られ役として「死にかたの名人」といわれた刹那の演技、近年ではトム・クルーズ主演『ラストサムライ』に出演したことでも話題になったが、はじめから福本さんの演技が買われたわけではなかった。
「時代劇全盛の頃は、立ち回りで出ていても、画面に映りもしなかったそうです。センセイの立ち回りはリアルなんです。当時の美意識でいうと〝汚い〟ということになる」と細川さん。
市川右太衛門、片岡千恵蔵の両御大が看板を張っていた、時代劇華やかかりし時代に東映へ入った福本さんは、何百人もいたエキストラの中で、死骸どころか、通行人がせいぜいだったと、生前伺ったことがある。
当時の殺陣は、まるで舞踊のような美しい立ち回りが主流であった。福本さんの切れ味鋭い素早い殺陣とは波長が違った。その後も、どれほど目立った立ち回りをしても、いつもフレームからカットされる存在であったという。
しかし、その〝生々しく汚い死にざま〟を、素晴らしいと認めていた監督がいた。深作欣二監督である。『仁義なき戦い』で拍車がかかり、次々と実録路線の映画が制作される中、殺陣もリアルさを増していく。
「『仁義なき戦い』シリーズは、京撮のみんな燃えていましたから。それまで「そこで死んでおけ」と助監督に言われるままに、死体役を演じていた大部屋の猛者たちの芝居を、深作監督は、ちゃんと見ていてくれましたからね。何度も「違う!」って駄目だしされて、それがめちゃくちゃ嬉しくて、無我夢中でしたね。私たちの若い頃は、しゃにむに激しく、無茶苦茶行けーッ! と教わっていたので、ニッカポッカ履いて、激しく演(や)りました」と、以前の取材で福本さんが話されていたのを思い出す。
深作監督が、いかに福本清三を愛していたかがわかるのが、松竹映画の『蒲田行進曲』。松竹蒲田撮影所の名でありながら、実際は、東映京都撮影所(京撮)の大部屋俳優を描き、撮影も太秦の京撮で行われた。その劇中劇の立ち回りのシーンでも「福ちゃん目立つから」とスターさんに感嘆される斬られ役で、福本さんは実名で登場している。
現代劇でも異彩を放った福本さんだが、ご本人は「やはり時代劇がおもしろい」と言われていた。時代劇で主役を張るスターさんたちから、「福ちゃんの立ち回りは〝間〟がすごくうまいからやりやすい」と言うのをよく聞いた。かの美空ひばりさんも
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