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必見! 『花束みたいな恋をした』――恋愛の光と影を絶妙に描く

藤崎康 映画評論家、文芸評論家、慶応義塾大学、学習院大学講師

 東京・京王線の明大前駅で終電を逃したことから偶然に出会い、意気投合した大学生の男女がデートを重ね、思いを伝えあい、いっしょに暮らし始める。が、時が経つにつれ、二人の生活のリズムは噛みあわなくなり、互いへの恋愛感情も失(う)せていき、やがて二人は結婚するか別れるかという選択を迫られる――。

 土井裕泰(どい・のぶひろ)監督、坂元裕二脚本の『花束みたいな恋をした』は、そんな「普通」の男女の恋愛模様と同棲生活の行方を、ユーモアを交えて哀切かつ冷徹に描き切っているが、何よりもまず、恋愛映画を撮ることが様々な理由で困難になったこの時代に、オーソドックスな傑作ラブストーリーが誕生したことを寿(ことほ)ぎたい。

『花束みたいな恋をした』 2021年1月29日より全国公開中 配給:東京テアトル、リトルモア (C)2021『花束みたいな恋をした』製作委員会拡大『花束みたいな恋をした』 2021年1月29日より全国公開中 配給:東京テアトル、リトルモア (C)2021『花束みたいな恋をした』製作委員会

 時代設定は2015~2020年という、コロナ禍直前の時期にまでおよぶが、主人公の麦(むぎ)と絹(きぬ)を、菅田将暉、有村架純という当代の人気俳優が、気負うことなく、まさに「普通」のたたずまいで演じる(菅田も有村も、微妙な心の動きをかすかな表情の変化で表す演技が見事)。

 演出の点では、スパスパと時間を省略しテンポよくドラマを進めるかと思えば、ヤマ場ではカメラの長回しで二人を凝視する土井監督の緩急自在の語り口が、こちらの“映画脳”を刺激しつづける(とりわけ序盤の、別々の場所にいる二人を短く交互に示すクロスカッティング/並行モンタージュが冴える)。

 加えて、テレビドラマの名手・坂元裕二の脚本に一見過剰なほどに書きこまれた言葉(セリフとモノローグ/独白)も、くどくどしい心理説明にはならない。いやそれどころか、それらのセリフやモノローグは、仏ヌーヴェル・ヴァーグの映画作家たち、たとえばエリック・ロメール作品の登場人物の饒舌なセリフや、あるいはフランソワ・トリュフォー作品のナレーションの多用のように、画面そのもののリアルな肌触りをけっして損なうことがない(撮影は鎌苅洋一<かまかり・よういち>)。これはむろん、菅田と有村が、テレビドラマふうの芝居がかった演技を一切しないからでもある(撮影にあたって鎌苅は、二人の役者の心理にはあまり密着しない、<距離>を意識した撮り方を心がけたと語っている<パンフレット>)。

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筆者

藤崎康

藤崎康(ふじさき・こう) 映画評論家、文芸評論家、慶応義塾大学、学習院大学講師

東京都生まれ。映画評論家、文芸評論家。1983年、慶応義塾大学フランス文学科大学院博士課程修了。著書に『戦争の映画史――恐怖と快楽のフィルム学』(朝日選書)など。現在『クロード・シャブロル論』(仮題)を準備中。熱狂的なスロージョガ―、かつ草テニスプレーヤー。わが人生のべスト3(順不同)は邦画が、山中貞雄『丹下左膳余話 百万両の壺』、江崎実生『逢いたくて逢いたくて』、黒沢清『叫』、洋画がジョン・フォード『長い灰色の線』、クロード・シャブロル『野獣死すべし』、シルベスター・スタローン『ランボー 最後の戦場』(いずれも順不同)

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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