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埋まらないジェンダーギャップ「慣性の法則」

「生計」と「家事育児」の間のモヤモヤ

天野千尋 映画監督

育児を「手伝う」夫に向けられた怨憎

 私が監督した映画『ミセス・ノイズィ』が公開中なので、毎日Twitterに流れてくる感想が気になってチェックしているが、その中で一つ、特に目立っている感想がある。それは主人公・吉岡真紀(36)の夫・吉岡裕一(37)に対する強烈なバッシングの声だ。

拡大映画『ミセス・ノイズィ』から。主人公の夫・吉岡裕一。長尾卓磨さんが演じている。
 「あいつだけは許せない」「あの夫こそ諸悪の根源」など、単なる怒りを超え、もはや怨憎に近い感情のコメントが予想以上に多く、日々一定のボリュームで見受けられる。これは意外なことだった。

 もちろん、映画の中で裕一は良き夫としては描かれていない。

 簡単に説明すると、小説家で母親でもある主人公の真紀は、出産を機にスランプに陥って、今はほぼ収入がない。一方、裕一はフリーランスのサウンドミキサーで外で働いていて、5歳の娘との3人家族の家計は裕一が支える形になっている。裕一は仕事中心生活で、家のことや育児は妻に任せっきり、妻が隣人とのトラブルを相談すると正論ばかりぶつけてくる。妻から見ると非常に無責任なタイプの夫だ。

 だが、無責任な奴とはいえ、特にこれといった悪事を働くわけでも、悪意を見せるわけでもない。その辺にいそうな平々凡々とした夫のキャラクターだ。にもかかわらず、これほどの人に怨念を抱かせているのがとても興味深かった。

 怨念抱かせポイントは幾つかあると思うが、まず大きいのが映画前半10分頃の、夜のダイニングの夫婦の一コマだ。

 このシーンでは、仕事で遅く帰宅した裕一に、真紀が隣人の愚痴を言いながら夕食を用意している。裕一はダイニングテーブルに座ったまま携帯を弄っており、真紀がご飯をよそって彼の前に並べても、お礼を言わない。さらに同じシーンの後半、真紀が育児をしながらの執筆が上手く進まないことを愚痴るのに対し、「大丈夫、(育児は)俺もできる限り協力するし」と言い放つ。

 実のところ、このシーンに違和感を持つかどうかは、観る人の育った年代や持っている夫婦観によって全く違ってくると思う。

 もちろん、現役子育て世代である私からすれば腹立たしい。「ご飯くらい自分でよそえ」と言いたくなるし、「(育児は)俺も協力する」というワードに訂正を求めたくなる。そもそも子育ては夫婦が共同で担うものなのに、「妻は当然」「俺も協力」というスタンスが透けて見えるからだ。だが、恐らく私の親世代であれば、何でもない日常の光景として気にも留めない人が多いのではないか。

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筆者

天野千尋

天野千尋(あまの・ちひろ) 映画監督

1982年生まれ。約5年間の会社勤務の後、2009年に映画制作を開始。ぴあフィルムフェスティバルを始め、多数の映画祭に入選・入賞。主な作品に、短編『フィガロの告白』『ガマゴリ・ネバーアイランド』、長編『どうしても触れたくない』、アニメ『紙兎ロペ』の脚本など。19年、『ミセス・ノイズィ』が東京国際映画祭日本映画スプラッシュ部門に選出された。日本映画批評家大賞脚本賞受賞。自ら執筆した小説版『ミセス・ノイズィ』(実業之日本社文庫)も刊行。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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