上田久美子作『FLYING SAPA』をめぐって
2021年02月27日
コロナ禍の中で行われた、2020年のアメリカ大統領選挙。ドナルド・トランプ氏という「異形の大統領」が治めた4年間をアメリカ国民がどうジャッジするのか、世界が注目した。この現実に宝塚歌劇の舞台を重ねて、ベテラン演劇評論家が読み解く。考察の対象は、意欲作を次々と発表している上田久美子の『FLYIN SAPA―フライング・サパ―』。昨夏の話題作で、ブルーレイが昨秋発売された。
2020年8月の大阪・梅田芸術劇場と9月の東京・日生劇場で上演された宝塚歌劇宙組、上田久美子作・演出の未来SF『FLYIN SAPA』は、時代の核心を鋭く突いていた。2020年の主題といえば、コロナ禍とアメリカの大統領選挙に他ならない。
新型コロナウィルスはあたかも世界最終戦争(アルマゲドン)を仕掛け、人類は辛うじてこれをしのいだが、アメリカは作戦に失敗して、50万を超える墓標を連ねた。共和党の大統領ドナルド・トランプは、独裁者のように自信たっぷりに振る舞いつつ、敗 軍の責任を問われ、民主党のジョー・バイデンに敗れ去った。
『FLYING SAPA』では、太陽の核融合反応が弱まり、地球は冷え切ってしまう。人類は残された資源を巡って、世界最終戦争を引き起こす。地球の環境は荒廃して、人類が住めない状態に陥る。わずかに生き残った人々は宇宙船に搭乗し、太陽に最も近 い惑星・水星にポルンカ(POLNKA)という国を建設して移住する。するとここに再び独裁者が現れて、世界に君臨する。独裁者の下に愛はない。
これは未来SFの形を借りて、現実の世界を批評するのが狙いである。
POLNKAという名称が、ポルンカ語で何を意味するのかは、分からない。いまこれを仮に英語のAMERICAに、水星へ向かう宇宙船を1620年に大西洋を渡ったメイフラワー号に置き換えてみると、虚構と現実が重なり合って見えてくる。
メイフラワー号のピルグリムファーザーたちは、英国の宗教的圧政を逃れて、新天地に自由の国を作った。だが年を経て、独裁者は腐肉にわく蠅のように出現する。『FLYING SAPA』はこのメカニズムを描いている。
自由の国を保証するのは第一に言論の自由である。トランプは2017年に大統領に就任すると、これを逆手に取り、自分の言葉のみが支配する王国を作ろうとした。4年後の再選に失敗した時は、選挙に不正があったと根拠を示さずに主張し、支持者たちが連邦議会を占拠する事態を招いた。
アメリカは、多くの人々の言葉が通用するアメリカと、トランプの虚構の言語のみが通用する「アナザーワールド」のアメリカに分裂したかに見えた。
『FLYING SAPA』で描かれる宇宙船の難民たちは遠い惑星に、これとそっくりの国を建設してしまう。人々は新しく作られたポルンカ語のみの使用を強制され、地球にあった多様な言葉は全て禁止される。政府広報のほかに、自由なマスメディアの存在は許されない。ポルンカ語とはトランプ語に他ならない。
(「ポルンカ」は「トランプ」と「アメリカ」の二つの単語の合成ではないか? 2013年に英国で初演されたルーシー・カークウッドの戯曲のタイトル『チャイメリカ』が「チャイナ」と「アメリカ」を合わせた造語だったように)
独裁者はどのようにして権力を掌握するのか。
『FLYING SAPA』はそのメカニズムを描いている。
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