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宝塚歌劇にアメリカの現実を重ねて読み解く

上田久美子作『FLYING SAPA』をめぐって

天野道映 演劇評論家

 コロナ禍の中で行われた、2020年のアメリカ大統領選挙。ドナルド・トランプ氏という「異形の大統領」が治めた4年間をアメリカ国民がどうジャッジするのか、世界が注目した。この現実に宝塚歌劇の舞台を重ねて、ベテラン演劇評論家が読み解く。考察の対象は、意欲作を次々と発表している上田久美子の『FLYIN SAPA―フライング・サパ―』。昨夏の話題作で、ブルーレイが昨秋発売された。

SFで現実世界を批評する

 2020年8月の大阪・梅田芸術劇場と9月の東京・日生劇場で上演された宝塚歌劇宙組、上田久美子作・演出の未来SF『FLYIN SAPA』は、時代の核心を鋭く突いていた。2020年の主題といえば、コロナ禍とアメリカの大統領選挙に他ならない。

演説するトランプ米大統領=2020年12月、米ジョージア州
 それにしてもこの不思議な題名は何を意味するのか。

  新型コロナウィルスはあたかも世界最終戦争(アルマゲドン)を仕掛け、人類は辛うじてこれをしのいだが、アメリカは作戦に失敗して、50万を超える墓標を連ねた。共和党の大統領ドナルド・トランプは、独裁者のように自信たっぷりに振る舞いつつ、敗 軍の責任を問われ、民主党のジョー・バイデンに敗れ去った。

 『FLYING SAPA』では、太陽の核融合反応が弱まり、地球は冷え切ってしまう。人類は残された資源を巡って、世界最終戦争を引き起こす。地球の環境は荒廃して、人類が住めない状態に陥る。わずかに生き残った人々は宇宙船に搭乗し、太陽に最も近 い惑星・水星にポルンカ(POLNKA)という国を建設して移住する。するとここに再び独裁者が現れて、世界に君臨する。独裁者の下に愛はない。

 これは未来SFの形を借りて、現実の世界を批評するのが狙いである。

 POLNKAという名称が、ポルンカ語で何を意味するのかは、分からない。いまこれを仮に英語のAMERICAに、水星へ向かう宇宙船を1620年に大西洋を渡ったメイフラワー号に置き換えてみると、虚構と現実が重なり合って見えてくる。

 メイフラワー号のピルグリムファーザーたちは、英国の宗教的圧政を逃れて、新天地に自由の国を作った。だが年を経て、独裁者は腐肉にわく蠅のように出現する。『FLYING SAPA』はこのメカニズムを描いている。

 自由の国を保証するのは第一に言論の自由である。トランプは2017年に大統領に就任すると、これを逆手に取り、自分の言葉のみが支配する王国を作ろうとした。4年後の再選に失敗した時は、選挙に不正があったと根拠を示さずに主張し、支持者たちが連邦議会を占拠する事態を招いた。

 アメリカは、多くの人々の言葉が通用するアメリカと、トランプの虚構の言語のみが通用する「アナザーワールド」のアメリカに分裂したかに見えた。

米ワシントンの連邦議事堂に集まったトランプ大統領の支持者たち=2021年1月7日
トランプ大統領の支持者たちにより割られた、ワシントンの連邦議会議事堂の窓=2021年1月8日

 『FLYING SAPA』で描かれる宇宙船の難民たちは遠い惑星に、これとそっくりの国を建設してしまう。人々は新しく作られたポルンカ語のみの使用を強制され、地球にあった多様な言葉は全て禁止される。政府広報のほかに、自由なマスメディアの存在は許されない。ポルンカ語とはトランプ語に他ならない。

 (「ポルンカ」は「トランプ」と「アメリカ」の二つの単語の合成ではないか? 2013年に英国で初演されたルーシー・カークウッドの戯曲のタイトル『チャイメリカ』が「チャイナ」と「アメリカ」を合わせた造語だったように)

電脳社会で監視される思想

 独裁者はどのようにして権力を掌握するのか。

 『FLYING SAPA』はそのメカニズムを描いている。

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