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【ヅカナビ】月組公演『ダル・レークの恋』

「まことの愛は存在するのか」について考えてみたくなる

中本千晶 演劇ジャーナリスト


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 菊田一夫の古典的な名作を新感覚で蘇らせた月組公演『ダル・レークの恋』。だが、観終わった後モヤモヤ感が残ったという人もいるかもしれない。いつものタカラヅカで確約されている、あの爽快感が得られないのは何故だろう?

 そこで今回のヅカナビでは、この「モヤモヤ感」の正体に迫ってみたい。じつは、このモヤモヤ感こそが、今のタカラヅカにはなかなかない、この作品ならではの味わいだ。そして最後に、作品の力を借りて進化する月城ラッチマンの魅力についても触れたいと思う。

 まずは、この作品のストーリーを簡単に紹介しておこう(とはいえ、菊田一夫はプログラムに「あらすじ」も掲載したくないと思ったくらい、予備知識なしにこの作品を見て欲しいと思っていたようなので、これからご覧になる予定の方は観劇後にこの記事を読んだ方がいいかもしれない)。

 物語の舞台はインド北部の避暑地、ダル湖のほとり。ベナレスの領主の娘カマラは騎兵大尉ラッチマンとの恋に落ちる。だが、貴族の体面ばかりを重んじる一族から氏素性のわからない男との恋に強く反対され、カマラは心ならずもラッチマンに愛想尽かしをする。さらに、前科12犯の世界的詐欺師ラジエンドラがインドに入国したらしいとの報が入り、ラッチマンこそが大悪党ラジエンドラではないかとの嫌疑がかかる。

 「私がそのラジエンドラです」と言い放ったラッチマンは「カマラとの一件を口外しない」ことの代償として、カマラとの一夜を所望する。不名誉な噂が広がることを恐れた一族はこれを受け入れ、カマラの背中を押すのだった。はからずもこの一夜はカマラにとっても忘れられぬものとなる。

 そして物語の後半、ラッチマンの働きにより本物のラジエンドラは捕えられ、ラッチマン自身も本当は高貴な身分であることが明かされる。すべての問題が解決したかと思いきや、ラッチマンはカマラに対して思わぬ一言を告げる…。

描かれるのは恋の甘い夢でなく、しょっぱい現実

 「まことの愛はどこにあるのだろう?」

 最後にラッチマンがひとり呟くこの問いかけにこそ、この作品のテーマが凝縮されていると思う。そして、モヤモヤの根源もここにある。

 何故なら、現在のタカラヅカ作品は「まことの愛は必ず存在する」ことが大前提となっているからだ。ところが、この作品はこの大前提を根底から覆してしまう。そこで突き付けられるのは恋の甘い夢ではなくしょっぱい現実だ。だからモヤモヤする。「タカラヅカ流・愛の方程式」に慣れきった身には、何だか落ち着けない。

 だが、ラッチマン自身は「まことの愛」を信じていたし、強く望んでいた。だからこそ、身分差や体面にとらわれたカマラの言葉に深く傷ついたのだろう。あるいは、「まことの愛」に執着するあまりカマラに対し詐欺まがいの嘘をついた自分自身が許せないという気持ちもあったかもしれない。

 そんな意地を張らずとも、もろもろ水に流してしまえば二人はうまくいくのに、と言いたくなるが、それが現実主義な女の浅はかさなのだろう。そうはいかないのだ。別の作品の名台詞を借りていうなら「一度壊れた皿は元には戻らない」のである。

 だが、カマラにきっぱり別れを告げることによって、カマラへの愛、とりわけダル湖での一夜は、「まことの愛」の美しい思い出として永久保存されることになったのだ。そこまでして「まことの愛」を頑なに守り通したラッチマンは、恋多きロマンチストであったという菊田一夫だから生み出すことができた男の純情の化身なのだろう。

 いっぽう、この作品に登場する女性たちはカマラもリタも、アルマも、女性なら誰しも身に覚えがある愚かさを持っている。ちなみに初演時の『歌劇』誌の座談会で菊田は「この作品を見れば、女性がいかに阿呆であるかがわかる」とコメントしている。

 男の純情と女の愚かさを描いたこの作品は、「まことの愛」を手に入れたくてもなかなかできない、リアルな男と女のお話なのである。

◆公演情報◆
『ダル・レークの恋』
2021年3月14日(日)~3月21日(日) 梅田芸術劇場 シアター・ドラマシティ
公式ホームページ
[スタッフ]
作:菊田 一夫
監修:酒井 澄夫
潤色・演出:谷 貴矢

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筆者

中本千晶

中本千晶(なかもと・ちあき) 演劇ジャーナリスト

山口県出身。東京大学法学部卒業後、株式会社リクルート勤務を経て独立。ミュージカル・2.5次元から古典芸能まで広く目を向け、舞台芸術の「今」をウォッチ。とくに宝塚歌劇に深い関心を寄せ、独自の視点で分析し続けている。主著に『タカラヅカの解剖図館』(エクスナレッジ )、『なぜ宝塚歌劇の男役はカッコイイのか』『宝塚歌劇に誘(いざな)う7つの扉』(東京堂出版)、『鉄道会社がつくった「タカラヅカ」という奇跡』(ポプラ新書)など。早稲田大学非常勤講師。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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