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「震災後10年」を予見した演劇『方丈の海』を上演する

亡き劇作家の「黙示録」、東北演劇人の思いはいま

渡部ギュウ 演出家、俳優、ナレーター、一般社団法人東北ゑびす代表

 仙台の劇作家、石川裕人(いしかわ・ゆうじん)が東日本大震災の翌2012年に発表した戯曲『方丈の海』は、「震災から10年後」の東北の港町を描いている。石川は上演直後に亡くなったが、作者が見つめていた「未来」を、いま改めて考えようと、東北を拠点にする演劇人たちがこの作品を上演している。「2021年版」の演出を手掛け、出演もする渡部ギュウさんが、この10年を振り返りながら、東北と演劇についてつづる。

「10年後=いま」を問い直す

拡大石川裕人作、渡部ギュウ演出『方丈の海』の舞台=2021年2月、仙台市、小田島万里撮影

 東日本大震災から間もなく10年を迎える。2012年に初演された石川裕人の遺作『方丈の海』再演の演出を2年前に依頼された。

 石川が主宰していた「TheatreGroup“OCT/PASS”(オクトパス)」のメンバーが中心となり再演に向けたプロジェクトを組んだ。台本中の設定が「あれから10年後の東北」だから、実際の2021年に上演したいとのことだ。

 「オクトパス」の前身「十月劇場」のメンバーだった私。石川の座友たちからのオファーは正直嬉しかった。劇団を離れてから27年たったが、石川は演劇の同志であり、亡くなった今でも心の支えとなる存在だ。東北を愛し、文学、映画、音楽を愛し、心の広い演劇人、そして思想家、アナーキストであった。

 『方丈の海』は沿岸部の被災の激しかった漁村の10年後を描いた作品。どんな立場でこの作品に挑むのか、相当に覚悟がいる仕事になると思った。被災地の方々のかさぶたを掻きむしるような上演にしてはならない。震災モノの芝居の難しさに悩み続けたこの2年。改めて、東北で演劇を続ける意味を問い直す日々だった。

 『方丈の海』は大震災から1年後に、多くが足踏み状態だった仙台演劇界の中で、先頭を切って被災地を真正面から捉えた作品として初演された。

 作者も役者もすごく勇気が必要だったと思う。「……さほどの被害もなかった私たちが、被災者ぶりして演じる怖さは、大きかった」と初演のメンバーたちは声を揃える。それでも石川の「目をそむけず直視し、調査し、想像し、舞台で疑似体験してみる」という意思がすごく伝わってきた上演だった。現実時間が非日常となっていた当時、勇気のある上演に感動した。東北弁を駆使し、東北愛を宣言していた。この2012年の上演がなければ、私たちの演劇再開は、もっと遅れていたに違いない。

『方丈の海』
 2012年8月30日~9月8日、仙台市で、作者である石川裕人の演出で初演。津波で大きな被害を受けた小さな港町の2021年、ぽつんと残った映画館で館主一家らが暮らしているところに、遺骨を探す男や半魚人を連れた興行師、謎の老婆など様々な人たちが現れ、浜に騒動が起こる。

 2021年公演の公式サイトはこちら。 

     3月7日まで=仙台市若林区のせんだい演劇工房10-BOX
     3月12~ 14日=東京都杉並区の座・高円寺1

 戯曲は『「轟音の残響」から──震災・原発と演劇──』(晩成書房、2016年)に収録されている。

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筆者

渡部ギュウ

渡部ギュウ(わたべ・ぎゅう) 演出家、俳優、ナレーター、一般社団法人東北ゑびす代表

1964年山形県生まれ。十月劇場を経て、1993年、ヨネザワギュウ事務所を設立。仙台市を拠点に演劇活動をしている。近年はオペラ演出も手掛ける。91年宮城県芸術選奨受賞。演出・出演したSENDAI座☆プロジェクト「十二人の怒れる男」で2018年度文化庁芸術祭優秀賞。

※プロフィールは、論座に執筆した当時のものです