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米ソ冷戦という新たな脅威を見定めたジョージ・ケナンの慧眼

米中対立が激しさを増す「新冷戦」の今、必要とされるのは幾人ものケナンか

三浦俊章 朝日新聞編集委員

ソ連の「行動の源泉」を見破る

 ケナンは達意のロシア語で人脈を築き、鋭い観察眼で、スターリン体制の強権的な性格とそのもろさを見抜いていた。そういう彼にすれば、大戦中と同じようにソ連とうまくやっていけると考えた米政府内の見方は、あまりにもナイーブに思えた。その思いを、国務省あての46年2月の「ロング・テレグラム(長文電報)」に込めたのである。

 この電報はワシントンの政界・官界で大センセーションを巻き起こした。だれもが判断に迷っていたソ連の対外行動の動機を鮮やかに読み解いていたからだ。無名の外交官は一気に時の人となった。ケナンはほどなく本国に戻り、1947年には、新設された国務省政策企画局の初代局長に任命された。

 ケナンがモスクワから本国に送った「長文電報」はのちに一般向けに改訂・拡大され、有力誌「フォーリン・アフェアーズ」の1947年7月号に、「ソヴィエトの行動の源泉」というタイトルで掲載された。国務省の要職にあった筆者ケナンの名は隠され、「X」とされた(そのため一般には「X論文」と呼ばれる)。

 この「X」論文から、ケナンの米ソ冷戦への処方箋(しょほうせん)を紹介する。

注意深く封じ込め、時間をかけて自壊を待つ

拡大いまや国際政治学の古典となったケナンの『アメリカ外交50年』(岩波現代文庫)
 ケナンが1947年に「フォーリン・アフェアーズ」誌に匿名で執筆した「ソヴィエトの行動の源泉」(いわゆる「X論文」)は、ソ連の対外行動の背景として、共産主義のイデオロギーおよび革命以来のソ連が生き抜いてきた国際環境の厳しさを指摘している。

 ケナンが見るところでは、ソ連の指導者たちにとっては、ロシア革命は依然進行中であり、共産党は権力を絶対化するプロセスの中にあった。諸外国がソ連に執念深い敵意を抱いている以上、共産党は、ソ連国内で無限の権力を追求する必要があると考えた。そのいっぽう、ソ連の指導者たちは共産主義というイデオロギーの正当性に揺るがぬ長期的な信頼を寄せていたため、短期的な日々の交渉では現実主義的な妥協もいとわない、と指摘する。

 そうしたソ連観を踏まえて、ケナンは次のように提言した。

 「アメリカの対ソ政策の主たる要素は、ソ連邦の膨張傾向に対する長期の、辛抱強い、しかも確固として注意深い封じ込めでなければならない…このような政策は、脅威とか怒号とか大げさな身ぶりで外面的『強硬さ』とかを見せることとは何の関係もない…クレムリンは政治の現実に対する反応において根本的に柔軟である…ロシアの指導者たちは人間心理に対する鋭い判断力を持っており、憤激や自制心の喪失は、力の弱いことの証拠であることを知っている…ロシアとうまく取引するコツは、いかなるときでも落ち着いて、ロシアが自らの威信をあまりそこなわないで応諾できるような道を開いておくことだ」(「ソヴィエトの行動の源泉」、ケナン『アメリカ外交50年』岩波現代文庫所収)

 またケナンは、ソ連の体制内部に「やがて自分の潜在力を弱めてしまうような欠陥をその内に含んでいる」とも指摘している。注意深い封じ込めによって、長い時間をかけてソ連体制の崩壊を待つというシナリオが、そこから浮かび上がる。ソ連を軍事的に倒す必要はない、封じ込めで十分だという見解だ。

 1947年、アメリカのトルーマン政権は、内戦状態にあったギリシアと、ソ連と対立していたトルコに軍事援助を表明した(トルーマン・ドクトリン)。さらに大規模なヨーロッパ経済復興援助計画(マーシャル・プラン)を始めた。その背景には、ケナンのこの青写真があった。

必ずしも想定通りの展開ではなかったが……

 その後の冷戦の展開は、必ずしもケナンが想定していた通りではなかった。ケナン自身が後に認めたように、「X論文」では封じ込めの手段が明示されていなかった。

 ケナン本人の念頭にあったソ連の脅威とは、外国の国内政治に浸透する政治的な影響力であった。だから、封じ込めの手段も政治的手段を想定していた。だが、実際のアメリカの冷戦政策は軍事色を帯びていき、封じ込めは軍事的封じ込めと解釈された。その結果、1962年のキューバ・ミサイル危機のように一触即発の事態もあった。

 しかし、冷戦が最終的にソ連体制の自壊で幕を閉じたのは、ソ連体制の病理を診断して対処方針を描いた青写真が、冷戦の初期からアメリカ政府の中にあったことが大きかったのではないか。

 では今、「中国の行動の源泉」を描ける新しいケナンはいるのだろうか。

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筆者

三浦俊章

三浦俊章(みうら・としあき) 朝日新聞編集委員

朝日新聞ワシントン特派員、テレビ朝日系列「報道ステーション」コメンテーター、日曜版GLOBE編集長などを経て、2014年から現職。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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