中嶋 廣(なかじま・ひろし) 元トランスビュー代表
1953年生まれ。新卒で入社した筑摩書房はすぐに倒産。9年後、法蔵館へ移籍し、『季刊仏教』を編集しつつ、『上山春平』著作集や養老孟司『カミとヒトの解剖学』などを編集。2001年、トランスビューを設立し、池田晶子『14歳からの哲学』、森岡正博『無痛文明論』、島田裕巳『オウム』、小島毅『父が子に語る日本史』、チョムスキー『マニュファクチャリング・コンセント』などを手がける。
※プロフィールは、論座に執筆した当時のものです
まず文体。簡にして要を得ていて、しかも密度が異常に濃い。一度読みだすと、目が離せなくなる。
推(お)しが燃えた。ファンを殴ったらしい。まだ詳細は何ひとつわかっていない。何ひとつわかっていないにもかかわらず、それは一晩で急速に炎上した。
これが第1段。センセーショナルな内容だが、文章はリズミカル、しかも端正で格高い。
目を転じて、次に自分の状況を書く。
寝苦しい日だった。虫の知らせというのか、自然に目が覚め、時間を確認しようと携帯をひらくとSNSがやけに騒がしい。寝ぼけた目が〈真幸(まさき)くんファン殴ったって〉という文字をとらえ、一瞬、現実味を失った。
寝ぼけまなこで携帯を探り、そのまま現実味を失うところまで、一気にもっていく。
次に自分の不安な内面を描く。
腿の裏に寝汗をかいていた。ネットニュースを確認したあとは、タオルケットのめくれ落ちたベッドの上で居竦(いすく)まるよりほかなく、拡散され燃え広がるのを眺めながら推しの現状だけが気がかりだった。
ここまで三つの段に分けるべきところを、まとめて一段落にする。それでますます密度が濃くなる。そしてなんと、これで最後まで行く。
他の作家と同じく日本語というルールの中で、一人異次元の世界を描いている。それはちょうど藤井聡太の将棋が、ルールは同じでも、圧倒的なスピードをもって異次元の世界で勝負するのと同じことだ。