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宇佐見りん『推し、燃ゆ』の主人公が垂直に運動するのをぜひ見たい

中嶋 廣 元トランスビュー代表

推しを推すこと以外は、何もしたくない

「推し、燃ゆ」で芥川賞の受賞が決まり、記者の質問を受ける宇佐見りんさん=東京都千代田区拡大芥川賞の受賞会見で記者の質問を受ける宇佐見りんさん=2021年1月20日

 第164回芥川賞を受賞した宇佐見りんの『推し、燃ゆ』(河出書房新社)は、文藝賞、三島由紀夫賞を受賞した第1作『かか』に続くものだ。

 高校生の「あたし」は、推しの「作品も人もまるごと解釈し続けること」が生きがい。そのためにテレビ、ラジオその他で推しの発言を聞き取ったものは、20冊を超えるファイルに綴じられ、それをもとにブログもやっている。「あたし」は推しを推すことが生活の中心で、その背骨の部分は揺るがない。

何より、推しを推すとき、あたしというすべてを懸けてのめり込むとき、一方的ではあるけれどあたしはいつになく満ち足りている。

 そんなとき推しがファンを殴ったのだ。世間の非難はかぎりない。

引退試合に負けたときに夏が終わったなんて表現するけど、あたしはあの日から本当の夏が始まったように思う。
もう生半可には推せなかった。あたしは推し以外に目を向けまいと思う。

 夏休みのバイトも居酒屋で、そのためだけに働いた。2学期が始まっても「あたし」は元には戻らなかった。教室で突っ伏すか、保健室で休んだ。「原級留置」と言われたのが高校2年の3月で、「留年しても同じ結果になるだろうから、と中退を決めた」。

 「あたし」は何もしないわけにはいかないので、働く意思は見せた。でも本当は何もしない。「あたし」は推しを推すこと以外は、何もしたくないのだ。

 ここで疑問が起こる。主人公は肉体または精神に、病を抱えている(ようなのだ)。そういうところが何か所かある。

あたしには、みんなが難なくこなせる何気ない生活もままならなくて、その皺寄せにぐちゃぐちゃ苦しんでばかりいる。

 これはまだはっきり病気と言えるかどうか。

 次の場面は、深夜に母と姉が居間で話しているのを盗み聞きするところ。

「ごめんね、あかりのこと。負担かけて」
〔中略〕
「仕方ないよ」姉はぽつりと言った。
「あかりは何にも、できないんだから」

 これではっきり病気だということがわかる。

 つぎは父親と話をする場面。

「じゃあなに」涙声になった。
「働け、働けって。できないんだよ。病院で言われたの知らないの。あたし普通じゃないんだよ」

 でも病気の内容はわからない。そして最後に決定的な記述がくる。

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筆者

中嶋 廣

中嶋 廣(なかじま・ひろし) 元トランスビュー代表

1953年生まれ。新卒で入社した筑摩書房はすぐに倒産。9年後、法蔵館へ移籍し、『季刊仏教』を編集しつつ、『上山春平』著作集や養老孟司『カミとヒトの解剖学』などを編集。2001年、トランスビューを設立し、池田晶子『14歳からの哲学』、森岡正博『無痛文明論』、島田裕巳『オウム』、小島毅『父が子に語る日本史』、チョムスキー『マニュファクチャリング・コンセント』などを手がける。

※プロフィールは、論座に執筆した当時のものです