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お寺と経済の悩ましい関係――お布施収入が減少するなかで

[6]規模を縮小しながら、僧侶と檀家の幸せな関係を続けられるか

薄井秀夫 (株)寺院デザイン代表取締役

コロナ禍で苦しむ商店街の地代を20パーセント減額する

 昨年(2020年)1月に国内初の新型コロナウイルス感染者が確認されて以来、私達は1年以上にわたってウイルスを意識しながら生活をしている。

 コロナ禍は、あらゆる業界に影響を与えているが、特に飲食店は、当初から感染のリスクが高いと言われており、客足が減少するだけでなく、営業自粛、時短要請などによって、苦しい経営を強いられ続けている。

 そんななか昨年6月、住みたい街ランキングで上位常連の東京・吉祥寺で、商店街中心部の大地主である3つのお寺が、地代を1年間20パーセント減額するという報道がなされた。コロナ禍によって経営が圧迫されている飲食店や商店の家賃負担を少しでも軽くし、吉祥寺の街を守ろうと、3ヵ寺が話し合って決めたという。

 あまり知られていないことであるが、吉祥寺の商店街中心部の土地は、ほとんどがお寺の所有である。駅の北口から北に伸びているサンロード商店街を進むと、左側に月窓寺という静かな禅寺がある。この地区には3つのお寺が並んでおり、月窓寺の西側に光専寺、さらに西側に蓮乗寺がある。実はこれらのお寺が、商店街中心部の土地の大部分を所有しているのだ。

東京・吉祥寺のサンロード商店街東京・吉祥寺のサンロード商店街

 日本では平成17(2005)年まで高額納税者公示制度があり、宗教法人についても公示されていた。ちなみに宗教法人は、宗教活動による収入については非課税であるが、収益事業に関しては納税の義務がある。その収益事業の納税金額の順位が、宗教法人の高額納税ランキングとして新聞等でも報道されていた。

 この制度がなくなる直前まで、創価学会がダントツで1位、明治神宮が2位、月窓寺が3位というのが定位置だった。創価学会や明治神宮に比べて、月窓寺というお寺は極端に知名度が低い。当時、いったいどんなお寺だろうと思った人も少なくないと思う。

 月窓寺は、吉祥寺商店街の「大地主さん」で、地代収入によって高額納税者として公示されていたのである。

 一般的に、お寺の収入の中で、最も大きいのは檀家の先祖供養に関わる収入、すなわち葬儀や法事でのお布施である。お布施はお寺の経済基盤そのものと言っても過言ではない。吉祥寺の3つのお寺のように、地代によって莫大な収入を得ているようなお寺はまれである。

 ただ、お寺が現在のような経済基盤で活動をするようになったのは、そんなに長い歴史があるわけではない。それは高度経済成長期以降の話であり、たかだか50〜60年に過ぎない。

 日本に仏教が伝来したのは6世紀であり、約1500年の歴史があると考えると、60年前はつい最近のことと言ってもいいだろう。

 そして現在のような経済基盤に変わったのには理由がある。ある事件によって、突然、それまでの経済基盤が失われたからである。


小作料収入が経済基盤だった時代

 日本のお寺の8割以上は、室町時代後半から江戸時代初頭の約200年の間に建立されている。当時、荘園制度が崩れて、村が自治を持つようになっていた。その中で、村人の弔いを行うため、村がスポンサーとなってお寺を建立することが流行したのだ。

 そして建立する際には、お寺が経済的に自立できるよう、土地を寄進することが多かった。お寺はその土地を貸して、小作料で収入を得ていたのである。

 つまり小作料という安定収入があったため、今ほどお布施に依存する必要はなかったのである。

 明治時代、お寺にどのくらいの金額のお布施が支払われていたかは、当時の香典帳などの資料から知ることができる。『葬送文化論』(葬送文化研究会編、古今書院)には、山梨県中巨摩郡西野村(現南アルプス市西野)の旧家である田中家の香典帳の内容が詳しく掲載されている。そこには明治19(1886)年に行われた葬儀で、6円35銭のお布施が支払われた記録が残っている。これを日銀の物価指数を参考にして、現在の物価に換算すると、だいたい10万円である。

 しかもこの葬儀は、田中家が地域の有力者ということもあり、10人の僧侶が葬儀をつとめている。相当に盛大な葬儀だったことが推察できる。これだけの葬儀で、お布施が10万円ということは、他の一般的な家の葬儀でのお布施は、さらに低い金額だったはずである。

 この金額は、現代の感覚からすると、かなり低い。

 当時のお寺は、今のように過度にお布施に依存する必要がなかったのである。お布施以外に、小作料という安定した収入があったからだ。

農地改革で土地を失ったお寺、失わなかったお寺

 しかし戦後、この安定収入を得る仕組みを根底から崩すような事件がおきる。

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