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『世界のひきこもり』『家族と国家は共謀する』が映す家族という無法地帯

ブラックホールだからこそ見えない暴力

佐藤美奈子 編集者・批評家

関係の臨界点としての「ひきこもり」

 母子・父子関係、ひいては家族の問題が「ひきこもり」現象に及ぼす影響の大きさに改めて感じ入っていた折、まさしく家族に関する「常識をくつがえし、正論にあらがう」別の言葉に出会った。公認心理師・臨床心理士の信田さよ子氏の新刊『家族と国家は共謀する──サバイバルからレジスタンスへ』(角川新書)である。

信田さよ子氏の新刊『家族と国家は共謀する──サバイバルからレジスタンスへ』(角川新書)拡大信田さよ子『家族と国家は共謀する──サバイバルからレジスタンスへ』(角川新書)=撮影・筆者
 最も身近で「無法地帯」だからこそ、家族という場所で起こる暴力は隠蔽され、忘れられる。そういう家族に潜む病理の理解に役立つのが、実は国際政治で用いられる視点・概念であり、それを取り入れることが問題解決につながる、との論が展開される。豊富な事例や対策を明かしながら、「国家の暴力(戦争)の被害と家族における暴力(DVや虐待)の被害は深いところでつながっている」模様が提示される。

 一見無関係に思える家族と国家で振るわれる暴力が互いに通底し、タイトルにあるようにそれらが「共謀する」さまが、スリリングに暴かれるのだ。親は敬うべし、理不尽で厳しい言動も「しつけ」として受け入れ、従うべきといった、親をめぐる常識や通念は吹き飛ばされる。

 家族が孕む多数の問題の一つとして、「ひきこもり」が例に挙がる箇所もある。信田氏が真っ先におこなうのは、「焦点を、引きこもりを変化させることから両親のチームワークの形成へとシフトする」ことだと言う。しかも、そのシフトが「一番の難題」だと。

 さらに、こうも述べられる。「私たちが試みようとしているのは、家族の関係を土台からつくりかえることだ。『息子の引きこもり』が表現しようとしているのは、これまでの家族関係の限界、いわば臨界点である。一つの問題が生じたことによって、その家族は大きな構造改革を迫られているのだ」。子の「ひきこもり」に立ち向かうには、家族関係を「土台からつくりかえる」必要がある、というのである。この途方もなさ!を思う。

 信田氏が長く注力してきた、母子問題が孕む「歴史性」(日本で今、自明とされる家族形態は、明治以来のたかだか約100年の歴史しか持たない)を踏まえた上でなお、土台からつくろうとする行為の凄さに想いが及ぶ。常識や通念が邪魔をすることで問題が隠される家族という空間が、まるでブラックホールのように見えてくるからだ。

 だからこそ、苦しみの所在を言語化、可視化することが、問題の発見や軽減につながると示す本書と、ぼそっと氏の告白が放つ力と勇気がいっそうリンクし、輝いてくる。

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筆者

佐藤美奈子

佐藤美奈子(さとう・みなこ) 編集者・批評家

1972年生まれ。書評紙「図書新聞」で記者・編集者をつとめた後、2008年よりフリーランスに。現在、講談社などで書籍編集・ライターの仕事をし、光文社古典新訳文庫で編集スタッフをつとめる。自身の読書の上では吉田一穂、田村隆一といった詩人の存在が大きい。「死と死者の文学」を統一テーマに「古井由吉論」「いとうせいこう・古川日出男論」(各100枚)を『エディターシップ』2、3号に発表。

※プロフィールは、論座に執筆した当時のものです