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『ガリヴァー旅行記』の「学魔」高山宏訳を読んで“眼前一変!”

小林章夫 上智大学名誉教授

自由闊達、破天荒とも言うべき技

Gabor Ruszka/Shutterstock.com拡大Gabor Ruszka/Shutterstock.com

 そこで『ガリヴァー旅行記』に話を戻せば、第1部、第2部の着想は面白いが、何といっても驚くのは、第3部に描かれた多岐にわたる世界、「ラピュタ」、「バルニバルビ」、「ルグナグ」などの世界は、その着想の妙、あるいは綺想の奔放故に大人の読者を刺激してやまない。なるほど第4部の「フウイヌム」の奇抜なアイデア(馬と人間を描き、後者を諷刺している)も優れたものだが、かつてはあまり評価されなかった第3部のバラエティの前には敗れると言えるのではないだろうか。

 そのように考えてくると、綺想のプロと言うべき高山「学魔」の離れ業には驚くだけである。訳者自身も述べているように、この翻訳が生まれるには『ガリヴァー旅行記』の決定版とも言うべきものがケンブリッジ大学から出版されたこと、これに続いて日本で出版された『『ガリヴァー旅行記』徹底注釈』(武田将明、服部典之、原田範行らによる労作、岩波書店)の見事な貢献を忘れてはなるまい。

 もちろん高山宏の翻訳は、自由闊達、あるいは破天荒とも言うべき技を駆使してのものだけに、読んでいて心がさざめく。一例を挙げておこう。第3部第5章より。

数学教育機関も面白かった。教授が学生に教える方法がとてもヨーロッパでは考えられないものだった。薄い焼き菓子にアタマクル・チンキでできたインキで命題や証明を書き付ける。腹ペコ学生にこれを飲ませ、三日間パンと水以外何も与えない。やがて薄焼き菓子が消化されると、チンキは名前通り頭に来るが、一緒の筈の命題は一向に頭にコナイで、今のところ実験は頭打ち。原因の一半は薬の量もしくは組成にあるか、或は若者たちの得手勝手のせいか。この丸薬、飲むと吐き気が来る、だから薬が頭に来る前に学生があたまにくる、で薬効来ないで学生いく始末、無論こっそり吐きに行くのだ。第一、指示に何とあるか知らぬが、これほど長い日数の断食にアタマコナイ学生なんか、いるわけ、ない。

 こうして見ると、ワープロの変換機能の便利さも追いつかない訳文である。

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筆者

小林章夫

小林章夫(こばやし・あきお) 上智大学名誉教授

専攻は英文学だが、活字中毒なので何でも読む。ポルノも強い、酒も強い、身体も強い。でも女性には弱い。ラグビー大好き、西武ライオンズ大好き、トンカツ大好き。でも梅干しはダメ、牛乳もダメ。著書に『コーヒー・ハウス』(講談社学術文庫)、『おどる民 だます国』(千倉書房)など、訳書に『ご遺体』(イーヴリン・ウォー、光文社古典新訳文庫)ほか多数。

※プロフィールは、論座に執筆した当時のものです