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同性婚のある社会で暮らして見えてきた結婚の自由の意義

社会の公正と生産性の向上を目指す布石として同性婚を認めること

山田公二 カナダ在住 非営利団体職員

 トロントの自宅でテレビニュースを見ていると、画面から「Japan(日本) same-sex marriage ban(同性婚を認めないこと) unconstitutional(憲法違反)」の文字が目に飛び込んできた。3月17日の札幌地裁判決のニュースは、日本関連の報道が珍しいカナダのメディアでも、繰り返し報じられた。

カナダのメディアによる札幌地裁判決の報道=2021年3月17日、筆者提供カナダのメディアによる札幌地裁判決の報道=2021年3月17日、CBCニュース 筆者提供

 信じられない気持ちで画面を見つめながら、もう20年以上も前、日本で出会ったカナダ人のパートナーと、宝塚で暮らし始めて3年が経った1999年に、小さな食卓を囲んで交わした何気ない会話を思い出した。

 「どうする、どっちにする?」。その問いの答えが出るのに、さほど時間はかからなかった。背後にはテレビのお笑い番組が聞こえていて、食卓にはパートナーの彼とデパ地下で買ってきたお惣菜の夕飯が並んでいる。特に不自由を感じるわけでもなく過ぎた1日の終わり。足るを知った気持ちでそんな夕べを過ごしていた時に、パートナーの出身地であるカナダで、同性間の関係を異性間の事実婚と同等であるとみなす判決が出たという記事を、カナダから取り寄せた雑誌で見つけたのだ。

 「どっちにする?」とは、もちろん、ふたりで日本にこのまま住み続けるか、もしくはカナダに移住するか、という選択である。事の重大さを深く理解できないまま、私の口から咄嗟に出た答えは「そりゃ、カナダでしょ。だって、婚姻が認められるねんよ」というものだった。

 カナダ出身の彼にとって、それは外国である日本に留まるか帰国するかという選択だ。しかし日本で生まれ育った私にとって、それは祖国を離れ外国で移民となることを意味した。

 なぜ自分は思慮の暇もなくカナダに移民することを即決したのか。はっきりとした理由があったというよりは、同性どうしである自分たちの関係を婚姻制度が一切認めない日本に居続けるはっきりとした理由が、見つけられなかったのだ。

 それまでパートナーとふたりで暮らしてきた日本での日常生活に、特にこれといって不都合があるという認識はなかった。ふたりで一緒にひっそりと暮らせていればそれでよい、という遠慮がちな満足で事足りていると思っていた。しかし、カナダへの移民の準備を進める中で、決定的な出来事があった。

婚姻を「当然の権利」と認めてくれた言葉に涙







同性婚訴訟判決 札幌地裁  
写真説明 判決後の会見を終え、ペアウォッチをはめた手を取り合った原告=2021年3月17日午後3時59分、札幌市中央区 
「同性婚を認めないのは憲法違反」との札幌地裁判決後の会見を終え、ペアウォッチをはめた手を取り合った原告=2021年3月17日

 移民申請に必要な書類を持って、大阪にあったカナダの総領事館へ行った。その際、カナダでも同性どうしの婚姻は当時まだ認められていなかったので、婚姻を理由としてではなく個人で移民する申請の準備をしていったのである。領事の方は私とパートナーを執務室に招き入れてくださり、書類に丁寧に署名をしながら、こうおっしゃったのだ。

 「残念ながら、カナダは今の時点では同性婚を認めていません。しかし、既に事実婚については、性別にかかわらず2人の婚姻関係を認めています。領事として、カナダで同性婚が認められるようになるのは時間の問題だと判断し、あなたがカナダ人のパートナーとの婚姻者として、この移民申請を提出されることをお勧めします。Welcome to Canada.(カナダへようこそ)」

 この領事の方のことばを聞いて、不意に堰を切ったように、涙がたくさん溢れ出た。自分でもその涙の理由がよくわからないまま、その領事の方に拙い英語で自分の感謝の気持ちを伝えた。「私たちの関係を認めてくださって、ありがとうございます。カナダに移民できることがとても楽しみで、カナダという国を誇りに思います」。

 それまで、自分が男性のパートナーと暮らしていることについて、やましい思いはなかったものの、他人に余計な心配や憶測を起こさせたくないという気持ちが先立って、家族以外の誰にも伝えたことはなかった。言わなければいい、聞かれれば適当に「友達です」などと答えておけばよい、そういう遠慮を常にしていた。その領事の方が、同情や親切心や思いやりなどからではなく、当然の権利(entitlement エンタイトルメント)として、私たちふたりの婚姻関係を公に認めてくださったその発言で、私の中のその遠慮の隙間から、光が差し込んできたような気分だった。

法的な婚姻関係で保障される自由

 その後カナダでは、性別にかかわらず婚姻年齢に達したすべての人に婚姻の自由が認められ、同性婚が可能となった。当時私は、地元に近い西宮の非営利団体に勤めていた。私とカナダ人のパートナーが一緒に暮らしていることは雑談などで話に出してはいたが、外国人と一緒に暮らしているということが目立って、男性どうしで暮らしていることについては注意を引かずに済んでいた。しかし、いよいよ結婚を登録するためにカナダに一時渡航することになり、勤め先である団体に休暇届を出す必要があった。

 事務局次長に休暇の願いを口頭で伝え、理由を尋ねられたので

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