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最も恐ろしい敵は、いつも現実の世界にいる

【8】「007 ロシアより愛をこめて」の原作を読んでみた

中川文人 作家

ボンド以上に華麗な男

 イギリスには「スパイ」の経歴を持つ作家が多い。スパイ小説の大家ジョン・ル・カレはもちろんだが、グレアム・グリーンやサマセット・モームも元スパイである。そして、世界で最も有名なスパイ小説、007シリーズの著者イアン・フレミングも元スパイの作家である。

 イアン・フレミングは1908年5月28日、下院議員の次男としてロンドンに生まれた。父方の祖父は銀行業を営む億万長者、母方はランカスター王家の子孫という、目もくらむような上流階級の出身である。

拡大イアン・フレミング=1962年11月27日、東京・ホテルオークラ

 さて、イギリスに元スパイの作家が多いのは偶然ではない。もともとジャーナリストや作家だった人がスパイになるから、元スパイ作家が増えるのである。

 情報機関は国家機密を扱う。だから、普通は国家への忠誠心の高い軍人や警察官から人材を探す。が、イギリス人はジャーナリストや作家などから人材を探す。「情報機関に必要なのは想像力に富んだありきたりでない人材である」というイギリス特有のスパイ哲学がそうさせるのである。

 フレミングは1939年7月26日、ドイツ軍がポーランドに侵攻する約一ヶ月前にイギリスの情報機関の一つ、海軍情報部に入るのだが、海軍情報部がフレミングに目をつけたのも、通信社や証券会社を渡り歩いていた彼の経歴が「スパイ向き」だったからだ。

 実際、フレミングはスパイに向いていたようで、ジェームズ・ボンドの上司Mのモデルとなった人物の伝記を書いた伝記作家アンソニー・マスターズは著書『スパイだったスパイ小説家たち』にこう書いている。

 「海軍情報部におけるイアン・フレミングの冒険は、彼の小説の主人公であるジェームズ・ボンドが数多い作品のなかで行った冒険よりもはるかにエキサイティングであり、彼が用いた戦略は快楽主義者のボンドには及びもつかぬほど巧妙なものだった」

 戦後、海軍情報部長を勤めたサー・ノーマン・デニング提督もフレミングをこう讃えている。

 「イアンは、すばらしい天賦の才と、想像力と、人に好かれる才能の持ち主だった。彼は海軍省のありきたりの仕事には役に立たなかっただろうが、この仕事にはまさにうってつけだった。真に必要とあれば、だれが相手でも、あるいはどんな問題でも処理することができた。」

 スパイはフレミングの天職だったのだ。

 しかし、フレミングは

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筆者

中川文人

中川文人(なかがわ・ふみと) 作家

1964年生まれ。法政大学中退、レニングラード大学中退。著書に『身近な人に「へぇー」と言わせる意外な話1000』(朝日文庫)、『地獄誕生の物語』(以文社)、『ポスト学生運動史』(彩流社)など。本の情報サイト『好書好日』で「ツァラトゥストラの編集会議」の構成担当。総合誌『情況』にてハードボイルド小説「黒ヘル戦記」を連載中。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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