メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

news letter
RSS

【ヅカナビ】雪組『シルクロード ~盗賊と宝石~』を読み解く

根底に流れるストーリーと作者の独特の世界観に浸る

中本千晶 演劇ジャーナリスト


拡大

 雪組公演のレビュー・アラベスク『シルクロード ~盗賊と宝石~』はいつものショー作品と一味違う。根底にストーリーが流れている。そのストーリーと、背後に潜む作者・生田大和の独特の世界観に浸るのが、この作品の正しい味わい方のような気がする。どちらかというとお芝居を見る感覚で見た方が楽しめそうだ。

 CS放送「タカラヅカ・スカイ・ステージ」で放映していた生田自身の解説が興味深かった。そこで今回のヅカナビでは、その解説などを参考に『シルクロード』の世界を読み解いてみよう。

 一般に、タカラヅカ作品を評するときはつい前半のお芝居に重きを置いてしまい、後半のショーは触れても3行ぐらいで済ませてしまうことが多い。だが今回は思い切って『シルクロード』の方に焦点を当ててみたいと思う。

砂時計とウロボロス

 幕開き、舞台背後に現れる巨大な砂時計。作者いわく、この作品を作り始めるとき最初に浮かんだ光景なのだという。「砂」はこの作品の中の重要なアイテムだ。「この世界を構成する最小単位であり、とるに足らない存在。だが実は、人の一生などより遥かに長い時間存在し続けており、時代の移り変わりを眺め続けている存在」。この作品で描かれるのは、そんな「砂」から見た世界なのだ。

 実際に登場するわけではないが、自らの尻尾を食う蛇「ウロボロス」も、この作品の発想の元となった重要なモチーフのようだ。つまり「始まりとは終わりだが、終わりはまた始まりである」ということ。この作品における「時間」は、過去から未来へと直線的に進むのではなく、円環のように永遠にグルグルと回り続けているのだ。芝居ではなかなかできない、ショーだから体現できる「時間」の感覚を表現してみたかったのだと生田は言う。

 第2章はこの考え方を象徴する場面である。次期トップコンビである彩風咲奈と朝月希和の二人が、遠い昔の恋人たちに扮する。それは消え去った過去であると同時に、これからやってくる希望に満ちた未来でもあるのだ。

 あるいは、彩凪翔率いる今回の退団者たちが、シルクロードを旅し続けるキャラバン隊を演じるのもそういう意味があるのではないかと思う。タカラヅカという世界からは彼らは去ってしまうけれど、終わりはまた始まりでもある。つまり、退団者たちにこれから始まる未来を祝福する思いも込められているのではないだろうか。最後、彩凪が「じゃ、あ、ね」で締めるさりげなさがカッコいいと思う。

ホープダイヤモンドと盗賊

 こうして永遠に虚しく循環し続ける時間にただ一人抗い続けるのが、望海風斗扮する「盗賊」である。彼だけは望むものを手に入れるべく前へ前へと貪欲に進もうとする、血の通った極めて「人間的」な存在だ。

 盗賊が望むもの、それが真彩希帆扮する「ホープダイヤモンド」だ。彼(盗賊)と彼女(ホープダイヤモンド)との関係は場面ごとに変わっていく。ホープダイヤモンドは盗賊に「この世は全て物語にすぎない」のだとも教える(第3章)。だが、最後にホープダイヤモンドの絶望を希望に変えるのは、他ならぬ盗賊なのである(第6章)。場面ごとのめくるめく変化を見せつつ「盗賊と宝石」の物語として一つ筋を通せるのも、このトップコンビの実力とキャリア、そして信頼関係あってこそだ。

 結局、ホープダイヤモンドはキャラバン隊の手に戻ってしまう。この顛末は、ストーリー仕立てのショーの名作『ノバ・ボサ・ノバ』を想起させる。盗賊が手に入れる事はできなかったのだ。

 だが、フィナーレの黒燕尾で望海は一本の青い薔薇を持って踊る。「不可能を可能にする」「夢が叶う」といった意味を持つ青い薔薇。これは、俗な宝石などよりももっと価値のある、ほんとうに大切なものを最後に手にした、ということのように見える。

・・・ログインして読む
(残り:約1490文字/本文:約3048文字)

全ジャンルパックなら本の記事が読み放題。


筆者

中本千晶

中本千晶(なかもと・ちあき) 演劇ジャーナリスト

山口県出身。東京大学法学部卒業後、株式会社リクルート勤務を経て独立。ミュージカル・2.5次元から古典芸能まで広く目を向け、舞台芸術の「今」をウォッチ。とくに宝塚歌劇に深い関心を寄せ、独自の視点で分析し続けている。主著に『タカラヅカの解剖図館』(エクスナレッジ )、『なぜ宝塚歌劇の男役はカッコイイのか』『宝塚歌劇に誘(いざな)う7つの扉』(東京堂出版)、『鉄道会社がつくった「タカラヅカ」という奇跡』(ポプラ新書)など。早稲田大学非常勤講師。

中本千晶の記事

もっと見る