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資生堂とカネボウの世紀の歌合戦は〝平時の軍歌〟の応酬だった!?

【35】小椋佳「揺れる、まなざし」

前田和男 翻訳家・ノンフィクション作家

カネボウの急追に資生堂が機先を制す

 それは、高度成長下で不動のシェアトップを誇ってきた資生堂が二番手のカネボウに急追をうけて危機感を覚えたことから始まった。

 機先を制するべく先に動いたのは上位の資生堂だった。1976(昭和51)年7月、秋のシーズン・キャンペーンのための「揺れる、まなざし」(作詞・作曲 小椋佳)が最初の矢として放たれた。これによって資生堂とカネボウとの間に戦端が開かれ、以後、互いに新手のキャンペーンソングを武器として次々とくりだし、それは10年以上もつづくことになる。

 化粧品業界では、シーズン毎にテーマを決めてキャンペーンを打つ――たとえば春は口紅、夏は紫外線対策のファンデーション、秋はアイシャドウ、冬は乾燥肌対策の基礎化粧品(スキンケア)をそれぞれ中心にすえて、年4回のキャンペーンを展開するという販促手法が、web展開が主流になる最近まで取られていた。

 その始まりは、国内メーカーとしては、1961(昭和36)年、資生堂が日本流行色協会(JAFKA)とタイアップ、色をテーマにした「キャンディトーン」とされるが、キャンペーンの一環としてテレビCMのBGMとして音楽がつかわれることはあっても、歌が「主力兵器」として装備されるのはこの「揺れる、まなざし」が嚆矢であった。

拡大小野田隆雄=2016年6月10日
 たしかに「ゆれる、まなざし」(広告コピーはひらがな)という、資生堂宣伝部のコピーライター小野田隆雄によるキャンペーンタイトルも衝撃的ではあった。「時間よ、止まれ」(1979年)「め組のひと」(1983年)などの名コピーを生み出し、資生堂を退社・独立後も「恋は、遠い日の花火ではない」(1995年、サントリー・ニューオールド)を世に送り出した小野田ならではの傑作である。

 また、キャンペーンガールとして起用された真行寺君枝の存在感もなかなかであった。オーディションに応募した約150名の中から選ばれた真行寺は当時高校2年生だったが、異界からのやってきた妖かしの少女を思わせる「目の表情」には、見るものをぞっとさせる魅力があった。

 しかし、資生堂に緒戦の勝利をもたらしたのは、なんといっても本格的キャンペーンソングを主力兵器として開発し

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筆者

前田和男

前田和男(まえだ・かずお) 翻訳家・ノンフィクション作家

1947年生まれ。東京大学農学部卒。翻訳家・ノンフィクション作家。著作に『選挙参謀』(太田出版)『民主党政権への伏流』(ポット出版)『男はなぜ化粧をしたがるのか』(集英社新書)『足元の革命』(新潮新書)、訳書にI・ベルイマン『ある結婚の風景』(ヘラルド出版)T・イーグルトン『悪とはなにか』(ビジネス社)など多数。路上観察学会事務局をつとめる。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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