「親としては、庇護を頑張るんではなくて、子どもの居場所探しを頑張りたい」
2021年05月07日
新刊『大学教授、発達障害の子を育てる』(光文社新書)での赤裸々なカミングアウトが話題の岡嶋裕史・中央大学教授にインタビューしている企画です。
『大学教授、発達障害の子を育てる』の著者・岡嶋裕史氏に聞く(上)
我が子が発達障害であったとき、親の考えるべきこととは──。皆が気になるところを率直に尋ねてまいりました。
岡嶋裕史(おかじま・ゆうし) 1972年、東京都生まれ。中央大学大学院総合政策研究科博士後期課程修了。博士(総合政策)。富士総合研究所勤務、関東学院大学経済学部准教授・情報科学センター所長を経て、中央大学国際情報学部教授(情報ネットワーク、情報セキュリティ)。『5G──大容量・低遅延・多接続のしくみ』『ブロックチェーン──相互不信が実現する新しいセキュリティ』(講談社ブルーバックス)、『ジオン軍の失敗 U.C.0079──機動戦士ガンダム ジオン軍事技術の系譜』(角川コミックス・エース)、『思考からの逃走』(日本経済新聞出版)など著書多数
岡嶋 そうですね。診断が死刑宣告みたいに聞こえちゃう人もいると聞きます。私も「これは困ったぞ」と思いましたね。
──どこが困ったのですか?
岡嶋 もちろん、息子が将来どんな人生を歩めばいいのか、というのを考えると困りましたが、それ以上に「道しるべ」がないことに困りました。症状の出方は千差万別なこともあって、専門書を読んでもよくわからないんですよ。役に立ったのは先輩の親御さんが残したブログとかでした。だから自分も次の人の道しるべになるようなものを残せたらな、と思って本書を書きました。
──ですが、途中から岡嶋さんという人の発達障害児としての人生が描かれる本になってますよね。
岡嶋 スペクトラムの中で障害に近いところにいる人間にとっては、こんな感じで世界が見えてますよ、こんな感じで教室にいるってことを受け止めてますよ、という入り口のところでも紹介できれば役に立つかな、と思って。読んでいただいた方にはエッセイとして、このくらい気楽にやってもいいのか、ぐらいの気持ちで受け取ってもらえたら嬉しいです。
──発達障害の側からの世界の見え方を紹介しつつ、「幸せ」の感じ方も示されていましたね。
岡嶋 障害児を授かるのは人生で最大級の不幸、とか言われることがあります。そういう側面もあると思うんですけど、でも希望はある。その中でも楽しく暮らせるよ、みたいなメッセージが伝わるといいなと思ってます。
──障害を受容せよ、という逆の圧力もありますよね。親子ともに学びになるんだから前向きに受け止めなければならない、みたいな。そういうのはどう考えればいいんでしょうね。
岡嶋 否定はしづらいですよね。ですが、「障害は個性なんだから、卑下するな」という言い方も違うなと思っています。息子の場合はコミュニケーションにおいて障害がある。それは明らかにハンデであって、これをただの個性だから周囲の人間とイコールなものとして扱え、とか言われちゃうと、それは違う、と考えています。
──生まれつきコミュニケーション能力がある人のほうが、人生イージーモードに決まってますもんね。
岡嶋 そうですよ。こっちは最初からクソゲーをやらされているようなものなので。
──そのうえ、持たされたコントローラーのボタンが足りないとか。
岡嶋 そうそうそう。まさにそれです! 同じゲームをキーボードとゲームパッドでやるくらい違うと思うんです。
──イージーモードの学校生活を送った人が、「個性だ」と言っているのかもしれませんね。
岡嶋 そうですよ。逆にハードモード側の私は、自閉的なものを許容する業界っていうか、教員という職につけたので、そこは本当にありがたいことだと思っています。現在はさらにオンライン会議が主流になったので、もっと助かっています。
──回線や機材のせいにしておけば、こちらの映像を出さずサボれますものね。いろんなものに積極的に参加したくない当方としても、素晴らしい世界の到来です。
岡嶋 はい。これで原稿もはかどります。本当はゲームを先にやってますが。
──こうしてコミュ障にして優良著者への道が強化されるのですね。
──ところで、本書にはいっさい奥様が登場しておられませんが……。
岡嶋 だって、僕には妻の考えてることが何もわからないんです。
──そうでした。他者の思考がわからない、と本書でも何度も強調されてましたね。
岡嶋 わからない他者の考えを、下手に推測して書くのは危険です。
──でも私が奥様だったら「ちょっと! 私だってすごく頑張ってるんだけど、そこは書いてくれないの?」って思う気がするんですけど、そういう反応はなかったんですか?
岡嶋 そもそも原稿、見せてませんし。見られたら危険なことが起こるかもしれませんからね。家庭内の平和のために、本も家に置かないようにしています。
──バレた時に備えて、あとがきに「ひとり親の世帯でも役に立つように、父親の事情しか本書では書かなかった。だが実際には母親である妻が療育でいちばん奮闘したことは間違いない。そこに深い感謝を……」とか書いておけばいいのに。
岡嶋 ああ、そう書けばよかったんですね。すみません。井上さんがおっしゃった通り(前稿)、謝辞はテンプレだったんですね。
『大学教授、発達障害の子を育てる』の著者・岡嶋裕史氏に聞く(上)
──いつも本のあとがきで妻に感謝してないから、今回もいつものパターンで行ってしまったのですね。まあ、おかげで「夫婦なら一致して、難局に直面しなければ」というポリコレ的な話からも自由な本ができていると思います。
──とはいえ、これから待ち受けているであろう困難から目をそらして終わってもいけないでしょうから、最後に質問です。これから発達障害の人間は、どういう具合に人生を歩んでいけばいいんでしょうか。
岡嶋 健常(定型発達)の子もふくめて、子どもたちがどっかに居場所を見つけられるといいですよね。僕自身が、自分の居場所だって思えるようなところがないまま大人になったせいで、より強くそう思うんでしょうけれども。
──本書では、現代日本では居場所は金を払わないと得られないと書かれています。だから就職しても、金を払ってないしむしろもらう側だから居場所にならないかもしれない。
岡嶋 会社勤めをしていたころは、何かの発言がきっかけでクビになっちゃうんじゃないか、っていつもビクビクしていました。
──空気読まない発言一発でアウト、となる職場、ありますものね。
岡嶋 世の中全体が、どんどんその度合いを強めているように思っています。実際、発達障害の子が就職しても、短期で離職してしまうケースがすごく多くなっているんです。だから親としては、庇護を頑張るんではなくて、居場所探しを頑張りたいなと思っています。
──親なしでも生きていけるよう、まずは居場所ということですね。食べていく方法はいろいろありますし、その後に考えるのでいい、と。
岡嶋 ミッション系の学校を見て、教会っていいなと思っています。あそこは寛容で、困った子がいても怒って叩き出したりしないじゃないですか。例外はありますけど。宗教系でなくても、何か自分の居場所だと思えるところが確保されていれば、貧しくても何とか生きていけそうな気がしています。でも、それって昭和に逆戻りしちゃうのかな。
──令和の私たちのように、他者を攻撃し続けるオンライン上のコミュニティにしか居場所がないよりはいいと思います。
岡嶋 発達障害だとそちらに行きやすそうな気はします。論より証拠で、自分はオンラインゲームの「GTA(グランド・セフト・オート)」が大好きなんですよ。
──暴力的なゲームですね……。
岡嶋 さらに、ボイスチャットでリアルに「死ね」という言葉が飛び交う罵り合いになっています。無職のおじさんたちが、寄ってたかって中学生をボコったりとか。
──地獄絵図ですね。
岡嶋 ええ、すごいです。戦争や迫害の歴史を考えると、放っておくと人類全体があっちの方向に行くんだろうなと思っています。
──ですが、そこすらも居場所になっている。
岡嶋 そうです。だから次回作では、そのあたりを書こうと思っています。
──地獄のようなインターネットに居場所を見出す話?
岡嶋 はい。人類はフィルターバブルに包まれてつかの間の安穏を得つつ、たまに接触してしまう考えの異なる他者とはお互い罵り合う方向で、案外やっていけるのでは、という話です。みんなで滅びの道を歩んでいこうぜ、みたいな。
──攻めている企画ですね! これも広い意味でいうと、居場所探しで頑張る岡嶋先生のひとつのやり方なんですね。
岡嶋 ええ、自分の居場所を確保するために頑張ります。まずはオンラインの世界にユートピアはないんだ、ということを理論づけた企画として、ミネルヴァ書房さんより『インターネットというリアル──インターネットの技術と文化の変容』を出したので、ぜひご一読いただければ。あとは、光文社さんで「メタバース」についての連載を始めています。ここではない「もう一つの世界」を仮想現実で実現するために、巨大IT産業が本気になってますよ、と書き出しています。
──ディストピアとなったインターネットにも居場所を見出せるのではないか、という研究者としての営みの成果も出てくるのですね。最後に宣伝もうまくハマりました。ではこれで終わりにして、飲みに行きますか!
岡嶋 事態が沈静化したらお願いします。この前、お声がけいただいたときは、糖質制限してて泣く泣く残した食べ物があったので……! いまはリバウンド中なので、心おきなく食べ尽くせます!
──しゃべるより食べるほうがいい、というオチもつきました。では今度、太りに行きましょう!
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