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近現代100年のドラマに何を学ぶか ウェスタッド『冷戦 ワールド・ヒストリー』

冷戦はなぜ生まれたか? 冷戦後の世界が平和と安定を達成できないのはなぜか? 

三浦俊章 朝日新聞編集委員

教訓を活用できなかったアメリカ

 次に、著者のウェスタッドがポスト冷戦の時代をどう読み解いているかを紹介しよう。

 冷戦を19世紀末からの歴史の中で重層的に分析した著者は、冷戦後の歴史も冷戦の遺産として解釈する。

 冷戦後のアメリカは、勝利主義に酔いしれた。それは二つの形を取った。ひとつはクリントン型と呼べるタイプ。グローバルな規模でのアメリカ資本主義を礼賛し、市場万能主義に陥った。アメリカ一極支配というせっかくの好機に、国際的な協力体制を制度化することを怠り、1990年代は失われた機会の時代となった。もうひとつは、ブッシュ(子)型である。こちらはアメリカのパワーと支配を強調し、まったく不必要なイラク戦争を始めて、アメリカは中東の泥沼に陥った。

 クリントン型もブッシュ型も、アメリカが冷戦後のグローバルな役割を見いだせずに方向性を見失った点では、等しく大きな誤りであった。本来、ポスト冷戦時代のより重要な課題は、中国やインドなど新しい勢力が台頭する国際環境にアメリカがいかに対応するかということのはずだった。だが、リーダーシップの混迷により、アメリカがこういう課題に備えることが著しく困難になったと著者は批判する。

 ウェスタッドによれば、アメリカは冷戦から積極的に学ぶべき教訓が多くあったはずである。長期的な同盟、技術的な進歩、経済の成長、交渉を求める意思、冷戦をアメリカに優位に導いたそういった教訓は活用されなかった。

普遍的な理念を争った時代は終わったが……

拡大オッド・アルネ・ウェスタッド米エール大教授(ウェスタッド氏提供)
 最後に、本の最終章から著者のことばを2カ所引用して今回のコラムを閉じたい。

 「ゴルバチョフの世代が成し遂げた最も偉大な勝利は核戦争を回避したことである。歴史的にみれば大国間の敵対関係はほとんどの場合、大変動とともに終焉を迎えている。冷戦はそうならなかった……核戦争は偶発的に起こりえたし、情報の誤りからも生じ得るものであった」

 「歴史は複雑である。理念が我々をどこに導いて行くかを常に知ることはできない。であるならば、善なる結果を成し遂げるために我々が進んで冒すリスクについて注意深く考慮した方がよい。完璧を追い求めるなかで20世紀に支払われた、多大なる犠牲を繰り返さないためにも」

 普遍的な理念を争った冷戦は終わった。しかし、代わって登場したのはナショナリズムであり、ポピュリズムであり、自国第一主義であり、人種主義である。自国だけが正しい、自分たちだけが正しいというこうした善悪二元論が、冷戦の理念より危険性が低いという保証はない。そして、破局を回避して終幕を迎えた冷戦のような幸運に私たちが再び恵まれる保証もないのである。

 ウェスタッド教授が昨今の米中関係をどう見ているかについては、筆者が行ったインタビュー記事を紹介しておこう(2021年4月20日朝日新聞オピニオン欄「米中対立は『新冷戦』か」)。

(本からの引用は読みやすさを優先して、一部簡略化してあります)

《著者略歴》
オッド・アルネ・ウェスタッド(Odd Arne Westad)
1960年、ノルウェー生まれ。オスロ大学卒、米ノース・カロライナ大学チャペルヒル校で博士号取得。ロンドン大学教授、ハーバード大学教授を経て、2019年からエール大学教授。中国現代史研究から出発し、冷戦史へと進む。2005年に刊行された『グローバル冷戦史 第三世界への介入と現代世界の形成』(邦訳は名古屋大学出版会刊)で、すぐれた外交史研究に与えられるバンクロフト賞を受賞。全3巻からなる『ケンブリッジ冷戦史』の共同編集者を務めるなど、この分野の第一人者として知られる。
 様々な国の外交文書を利用するマルチ・アーカイバル・アプローチが強みで、筆者が本人に直接確認したところでは、母語のノルウェー語以外に、英独仏と中国語が使え(歴史学を専攻する前に中国語を本格的に学んでおり、会話も流暢)、ロシア語も読め、イタリア語とポルトガル語もある程度できるそうである。

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筆者

三浦俊章

三浦俊章(みうら・としあき) 朝日新聞編集委員

朝日新聞ワシントン特派員、テレビ朝日系列「報道ステーション」コメンテーター、日曜版GLOBE編集長などを経て、2014年から現職。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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