天野道映(あまの・みちえ) 演劇評論家
1936年生まれ。元朝日新聞記者。古典芸能から現代演劇、宝塚歌劇まで幅広く評論。主な著書に『舞台はイメージのすみか』『宝塚のルール』『宝塚の快楽―名作への誘い』『男役の行方: 正塚晴彦の全作品』など。
※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです
『ピガール狂騒曲』の精緻な四重構造を読み解く
宝塚歌劇を長年取材してきた評論家が、その舞台を「歴史」を踏まえて考察し、論評します。今回のテーマは「旅立ち」、そして「原田諒の世界」。
2020年コロナ禍のさなか、宝塚歌劇月組のJAPAN TRADITIONAL REVUE『WELCOME TO TAKARAZUKA-雪と月と花と-』(坂東玉三郎監修、植田紳爾作・演出)とミュージカル『ピガール狂騒曲』は、出演者を絞り、オーケストラは録音演奏に切り替え、初日を5カ月ずらして、9月25日に本拠地の兵庫県の宝塚大劇場で開幕した。この公演によって、月組は令和2年度芸術祭賞演劇部門の優秀賞を受賞し、『ピガール狂騒曲』の作・演出を担当した原田諒は新人賞に輝いた。
『WELCOME TO TAKARAZUKA』に御殿舞の名手、専科の松本悠里が特別出演した。松本はこの公演をもって宝塚を去った。
黒目がちの双眸は何かを求めて強く輝き、しかし春霞のように穏やかな光を帯びて見えた。そこにこの人の舞姿の尽きぬ興趣があった。内面の輝きが踊り手の身体によって、洗練された美しさに転換されていた。伝説的男役の春日野八千代(1915~2012)と好一対の娘役で、二人が舞踊会で連れ舞をする姿は、男役と娘役の舞の本質を伝えるお手本だった。春日野の剛毅と松本のたおやかさ。
今回はビバルディ作曲『四季』の「冬」を地に「雪の女S」を舞う。その凛として哀しみに耐える姿は、玉三郎の『鷺娘』を彷彿とさせる。舞う姿がその人の生きていく姿と重なり合う。
振り付けを担当した花柳寿応は、60年来宝塚にはなじみ深かったが、初日の翌日9月26日に89歳で不帰の客になった。この人が美青年だった頃、稽古場の片隅で、振りを考えているのであろうか、ラフなシャツ姿の腰に舞扇を挟み、食い入るように台本を読んでいた面差しが目に浮かぶ。
月組のトップ男役、珠城りょうは次の大劇場公演『桜嵐記』と『Dream Chaser』(2021年6月まで、7~8月に東京宝塚劇場)で退団し、紫門ゆりやと輝月ゆうまは専科へ組替えになる。春は旅立ちと新しい出会いの応接に暇がない。