『ピガール狂騒曲』の精緻な四重構造を読み解く
2021年05月16日
宝塚歌劇を長年取材してきた評論家が、その舞台を「歴史」を踏まえて考察し、論評します。今回のテーマは「旅立ち」、そして「原田諒の世界」。
2020年コロナ禍のさなか、宝塚歌劇月組のJAPAN TRADITIONAL REVUE『WELCOME TO TAKARAZUKA-雪と月と花と-』(坂東玉三郎監修、植田紳爾作・演出)とミュージカル『ピガール狂騒曲』は、出演者を絞り、オーケストラは録音演奏に切り替え、初日を5カ月ずらして、9月25日に本拠地の兵庫県の宝塚大劇場で開幕した。この公演によって、月組は令和2年度芸術祭賞演劇部門の優秀賞を受賞し、『ピガール狂騒曲』の作・演出を担当した原田諒は新人賞に輝いた。
『WELCOME TO TAKARAZUKA』に御殿舞の名手、専科の松本悠里が特別出演した。松本はこの公演をもって宝塚を去った。
黒目がちの双眸は何かを求めて強く輝き、しかし春霞のように穏やかな光を帯びて見えた。そこにこの人の舞姿の尽きぬ興趣があった。内面の輝きが踊り手の身体によって、洗練された美しさに転換されていた。伝説的男役の春日野八千代(1915~2012)と好一対の娘役で、二人が舞踊会で連れ舞をする姿は、男役と娘役の舞の本質を伝えるお手本だった。春日野の剛毅と松本のたおやかさ。
今回はビバルディ作曲『四季』の「冬」を地に「雪の女S」を舞う。その凛として哀しみに耐える姿は、玉三郎の『鷺娘』を彷彿とさせる。舞う姿がその人の生きていく姿と重なり合う。
振り付けを担当した花柳寿応は、60年来宝塚にはなじみ深かったが、初日の翌日9月26日に89歳で不帰の客になった。この人が美青年だった頃、稽古場の片隅で、振りを考えているのであろうか、ラフなシャツ姿の腰に舞扇を挟み、食い入るように台本を読んでいた面差しが目に浮かぶ。
月組のトップ男役、珠城りょうは次の大劇場公演『桜嵐記』と『Dream Chaser』(2021年6月まで、7~8月に東京宝塚劇場)で退団し、紫門ゆりやと輝月ゆうまは専科へ組替えになる。春は旅立ちと新しい出会いの応接に暇がない。
『ピガール狂騒曲』は、人を恋する者の哀しみを秘めつつ、女性が女性として生きる矜持を描いている。それはジェンダーを越えて人が人として生きる道に他ならない。
この作品は「シェイクスピアの『十二夜』より」というサブタイトルが語るとおり、『十二夜』をベルエポックのパリに移し替えた趣向である。モンマルトルの丘に近いピガール広場のレビュー小屋「ムーラン・ルージュ」を舞台に、まるでおもちゃ箱をひっくり返したような大騒ぎのコメディが上演される。
だが幕が開くと、赤い風車が回るレビュー小屋の前に、実在の作家ウィリー(鳳月杏)が美しい妻ガブリエル(美園さくら)と連れ立って登場するので、初めは戸惑う。
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