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【ヅカナビ】星組『ロミオとジュリエット』2021

A・B両パターンを徹底比較してみた

中本千晶 演劇ジャーナリスト


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 5月23日に東京公演の千秋楽を迎える星組『ロミオとジュリエット』。途中、緊急事態宣言による公演中止があったが、その間に無観客ライブ配信も急遽実現。波乱の公演となったが、無事に千秋楽が迎えられそうで本当によかったと思う。

 この作品は2010年の星組初演以来、2011年雪組、2012年月組、2013年星組と再演が重ねられてきた。8年ぶりの再演となる今回は主要な役どころの多くが役替りし、さらに出演人数減員のため出演者の一部も2チームが交代して、AとBの2つのパターンで上演された。この見比べがとにかく面白いのが星組2021年版の特徴といっていいと思う。そこで今回は、両パターンを徹底比較してみよう。

世界を支配する「死」とロミオに内在する「死」

 最初に、敢えて「死」と「愛」の話から始めたいと思う。今回Bパターンで愛月ひかるが演じた「死」が話題を呼び、Twitterで何度もトレンド入りするほどだった。愛月演じる「死」は、その空間支配力が半端なく、『エリザベート』のトートを彷彿とさせるものがあった。「死」が登場するだけで舞台上の温度が3度ぐらい下がるような感じがした。

 いっぽうAパターンの天華えまによるまったく違うアプローチも面白かった。天華の「死」は世界を支配するのではなく、ロミオに内在している分身である。時折ぬらっと姿を現し、ロミオに影のように張り付くのだ。Bの「死」は吸い寄せられるような美しさがあるが、Aの「死」の方がむしろ不気味で怖い。

 この「死」の違いのため、ロミオが死に至る過程もまったく違って見えた。Aのロミオは内面と葛藤し、Bのロミオは運命にあらがう。Aのロミオは内在する「死」にじわじわと侵食されていくが、Bのロミオは「死」と向き合い、敗北するのだ。

 したがって「死」の対極にある「愛」のありようも異なる。Aの「愛」(碧海さりお)は表情豊かで躍動的、生きる喜びにあふれているが、Bの「愛」(希沙薫)は慈愛に満ちて優しく包み込んでくれる聖母のような存在だ。いわば動の「愛」と静の「愛」である。

 そして、「愛」が果たす役割も違って見える。Aの「愛」がまるでジュリエットの化身のように立ち現れ、ロミオが背負う「死」の影と対峙するのに対し、Bの「愛」は「死」の対極でロミオとジュリエットを静かに見守っているのである。

 さらにいうと、この「死」と「愛」の違いは物語全体にも影響を及ぼしていたように感じる。Aパターンは愛と死に翻弄されるヴェローナの若者たちのドラマであったのに対し、Bパターンはもっと抽象的で構造的な「死(絶望)」と「愛(希望)」の物語にみえた。

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筆者

中本千晶

中本千晶(なかもと・ちあき) 演劇ジャーナリスト

山口県出身。東京大学法学部卒業後、株式会社リクルート勤務を経て独立。ミュージカル・2.5次元から古典芸能まで広く目を向け、舞台芸術の「今」をウォッチ。とくに宝塚歌劇に深い関心を寄せ、独自の視点で分析し続けている。主著に『タカラヅカの解剖図館』(エクスナレッジ )、『なぜ宝塚歌劇の男役はカッコイイのか』『宝塚歌劇に誘(いざな)う7つの扉』(東京堂出版)、『鉄道会社がつくった「タカラヅカ」という奇跡』(ポプラ新書)など。早稲田大学非常勤講師。

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