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コロナを超えられるか?日本のクラシックの現状と可能性~クラ協の入山会長に聞く

演奏家と観客の安全安心を求めた1年。社会的使命を果たす存在を目指して

入山功一 日本クラシック音楽事業協会会長

 これまでの「普通」が「普通」ではなくなったコロナ禍の社会。クラシック音楽の世界も例外ではありません。人が集まって奏でる音楽を、人が集まって聴くという当たり前のことが、さまざまな制約を受けるようになり、この1年間、変化を迫られてきました。安全な演奏会を実現するため、何をしてきたのか。コロナ後をにらみ、どう変わっていくのか。クラシックコンサートなどを企画する事業者でつくる日本クラシック音楽事業協会(クラ協)の入山功一会長に語ってもらいました。(論座編集部 吉田貴文)

入山功一・日本クラシック音楽事業協会会長

――3度目の緊急事態宣言が、対象地域を拡大して継続中です。再延期の可能性も取りざたされ、クラシック音楽業界も影響を受けているようですが、現状はいかがですか?

入山 5月11日に緊急事態宣言が延長されたのに伴い、劇場などでのイベント開催では、延長前の「無観客」から収容人数の50%を上限に観客を認めることになりました。

――少し楽になったと。

入山 なかなか楽にはなりません。公演数の多いお芝居や、大きな会場を使うポピュラーは半分の観客でもなんとかなるのかもしれないのですが、クラシックでは採算がとれない。オーケストラなどの演奏会も厳しい状況は変わりません。そもそも延長する時点で緩和するのであれば、始めから制限するべきではありませんでした。理屈が通りません。

喜びも悲しみも相半ばの観客50%

――理屈が通らないとは。

入山 4月25日に東京都などに3度目の緊急事態宣言が出る前、クラシック業界は「これまでの新型コロナ対策をしたうえで演奏会を続けさせてほしい」と要望しました。

 昨年から科学的な検証で得た知見をもとに、安全に演奏会を開けるようになっている。にもかかわらず、1度目の緊急事態宣言同様、完全に止めるのは筋が通らない。そう考えて要望書を出したのですが、聞き入れてもらえず、全面中止になりました。

 コンサートでクラスターが出ていないのは分かっている。ただ、今回はとにかく「人流」を止めないといけないので、中止してほしい。それが国の説明でした。確かに、サントリーホールに2000人のお客が入れば人の流れはできるでしょう。だけど、あの頃、街行く人たちを見ていて、それがどれぐらいの比率なのかと釈然としませんでした。

――ところが、再延長では一転、制限付きで観客を入れて再開してもいいと。

入山 宣言延長の前、演劇やポピュラー業界から「有観客での再開を認めてほしい」という要望書を出すので、クラシックものりませんかという申し出がありました。ただ、感染者数が高止まりするなかで緩和を求めることに違和感があり、クラシック界は同調せず、中止したまま補償を受ける仕組みを考えてほしいと要望したのですが、緩和になりました。国にすれば、緩和してあげたので補償はしなくてもいいということでしょう。

――緩和措置だと逆に苦しいと。

入山 演奏会ができることは一応は歓迎ですが、50%では採算が合わないということもあって、喜びも悲しみも相半ばするというところですね。

自ら検証をして演奏会の「ガイドライン」を策定

――昨年来、コロナにすっかり翻弄されていますね。

入山 昨年春の緊急事態宣言の際は、コロナウイルスについて何も分からなかったので、演奏会はすべて中止しました。5月末に宣言が解除された後、ウィーンフィルやベルリンフィルの検証実験に基づき、日本のオーケストラも演奏家や観客を減らすなど独自の基準を設けて演奏会を再開しました。奏者間、観客間のソーシャルディスタンスなどに関する「ガイドライン」づくりに着手しましたが、個人的に「ある違和感」を感じるようになったのです。

――違和感ですか。

入山 外国の様々なデータに基づいてガイドラインをつくったのですが、日本人と外国人とでは演奏家の体格も違う。ホールの環境も違う。日本で検証して科学的なエビデンスに基づくガイドラインをつくらないと、説得力がないのではないか、と。

 とはいえ、一口に検証といっても、演奏家や専門家に協力を頼んだり、実験場所も確保したりすると、経費がかかる。頭を悩ませていたら、協会のみなさんが募金してくれた。それで昨年7月、長野県茅野市にある新日本空調内クリーンルームというところを借り、NHK交響楽団の団員や感染症の専門家などの協力を借りて飛沫実験を行いました。

 クラシック音楽の事業者でつくる私たちの「日本クラシック音楽事業協会」、プロのオーケストラ団体が加盟する「日本オーケストラ連盟」、フリーランスも含めた個人の演奏家でつくる「日本演奏連盟」の三者が結束した「クラシック音楽公演運営推進協議会」で実施しましたが、これまで別々に活動してきた三つの団体が一緒に活動したのは初めてです。今後、三者が足並みをそろえて取り組む前例になり、意義があったと思っています。

――どんな結果になったのですか。

入山 トランペットやトロンボーンは前方2メートルぐらいまで飛沫が飛びますが、それ以外はそれほどではなかった。オーケストラはほぼ従来通りの位置で演奏しても、感染リスクはあまり変わらない。観客もマスクをして、ヴラボーなど声を上げなければ、席の間を空けなくてもリスクは変わらない。結果をレポートにまとめ、文化庁をはじめ政府に渡すとともに、それに基づくガイドラインをつくって、専門家の承認を得て発布しました。それが秋以降のイベント制限の緩和につながりました。

 具体的には、大きな声を上げないイベントは100%お客を入れてもいい。オーケストラも奏者間の距離を従来より少し広くしましたが、支障のない状況で演奏できるようになりました。

行政の方針にいかされなかった業界の取り組み

コロナウイルス感染防止のため、やや少なめの編成となった日本フィルの定期演奏会。客席も間をあけた配置に=2020年9月11日、さいたま市のソニックシティ

――秋はコロナ感染も一息ついたかたちで、演奏会も開かれていましたね。

入山 秋以降の最大の課題は「第九」ができるかどうかでした。器楽に比べると歌は飛沫が飛ぶ。合唱が加わる「第九」はまだ無理ではという声が結構ありましたが、歳末を彩る国民的行事なので、みなやりたかったんですね。歌い手の数を減らしたり、配置に気を配ったり、工夫をこらして実現できました。嬉しかったですね。マスクを付けたまま歌った演奏会もありました。

――データに基づき工夫をしながら演奏会を開いてきたのに、この春以降の国や東京都の対応をみると、業界の取り組みが施策にいかされていない印象がぬぐえません。

入山 お金をかけて実施した検証や、それに基づくガイドラインがいかされなかった。

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