【37】ジェリー藤尾「遠くへ行きたい」、山口百恵「いい日旅立ち」
2021年05月30日
歌:ジェリー藤尾「遠くへ行きたい」
作詞:永六輔、作曲:中村八大、歌・ジェリー藤尾
歌:山口百恵「いい日旅立ち」
作詞/作曲:谷村新司、歌・山口百恵
時:1970年/1980年
場所:日本のどこか
ディスカバージャパンは、「遠くへ行きたい」という笛吹唄に誘われた元〝怒れる若者たち〟と、「アンアン」と「ノンノ」の旅行特集に惹かれた〝アンノン族〟が、共に都会から地方をめざすという奇妙な風俗現象を生み出したが、それは4年ほどで陰りをみせる。
その引き金を引いたのは、1974(昭和49)年に勃発したオイルショックである。原油産出国が先進国に対抗して減産の申し合わせをしたことで石油価格が急騰、これによって世界経済は歴史的混乱におちいる。石油のほとんどを海外からの輸入にたよる日本への打撃はとりわけ大きかった。
ちなみに物価指数は前年の72年には前年比4.9%だったが、この年には11.7%に、さらに翌74年にはなんと22.4%にまでに急騰。終戦直後以来の急激なインフレは経済活動に冷や水をあびせ、前年比9.1だった72年の経済成長率は、この年には5.1%に減速、翌74年にはマイナス0.5%にまで落ち込み、戦後世界の奇跡と言われた日本の高度成長は終わりをつげ「神話」となった。
当然にも、ディスカバージャパンが火をつけた旅行ブームにも水がさされ、そこへ相次ぐ運賃値上げが追い討ちをかけた。それまでは国会の承認をへないと国鉄は値上げができなかったが、累積する赤字を解消するために関連法案が改正され、その必要がなくなった。それを国鉄当局が安易に「乱用」したからである。
これにより、国鉄の経営は低迷をつづけ、ついにディスカバージャパンにも「運命の時」がやってくる。
1977(昭和52)年1月7日付け朝日新聞は、「年末年始客も10%減」「ディスカバージャパンは中止」の見出しを掲げてこう報じた。
「これほどの減少は近年になく、昨年の五〇%値上げに加え、不況の深刻化と雪害が響いた、と国鉄はみている。このため、国鉄旅客局は増収キャンペーンに乗り出すことにした。なづけて『一枚の切符から』。ポスト万博対策として四十五年十月から続けた『ディスカバージャパン』宣伝を六年余でやめ、低成長時代に見合った新キャンペーンに全国規模で取り組むという。が、赤字財政で来年度も小幅ながら再値上げをしたい国鉄に対し、利用者が国鉄の関係者の思惑通り切符を買ってどんどん旅をしてくれるかどうか」――
しかし、記事の危惧が的中、「一枚の切符から」は不調でわずか1年たらずで中止。1978年10月、ディスカバージャパンは「パート2」として息を吹き返す。「いい日旅立ち」キャンペーンである。
ただし、「前評判」はパート1の時と同じく芳しくなかった。ましてや、山口百恵の同名のキャンペーンソングのおかげで起死再生の成果を上げ、パート1を超える歴史的事件となることを事前に予想したマスコミは皆無だった。
たとえば、1978年10月13日付の毎日新聞の扱いは、4段組の囲み記事と小さく、「いい日旅立ち」「国鉄が新キャッチフレーズ」の見出しが掲げられただけで、そこに山口百恵の文字がないことに、当初の注目度が示されていた。
記事も、「前回二回が旅客誘致のムードキャンペーンだったのに対し、今回はサービス、宣伝、割引運賃などの新商品の販売――など旅客全体の総合施策を展開して増収に直結させるのがねらい」だとして、「Qきっぷ」など個別商品の紹介があり、ようやく中段で、「話題作りとしては、来年、二十歳を迎える人気歌手、山口百恵とタイアップ、彼女が来月二十一日に発売する記念曲の題を『いい日旅立ち』にしてもらった」との補足があるだけである。
そもそも「成功譚」とは、「当て物は向こうから外れる」の譬えのとおり、「ダメモト」が結果として当たって「瓢箪から駒」となるケースが多いとされるが、「いい日旅立ち」も外形的にはその典型事例ではなかったかと思われる。
この歴史的キャンペーンの企画立案兼仕掛け人は、ディスカバージャパンのパート1と同じく電通の伝説的イベント・プロデューサーの藤岡和賀夫であった。かたや今回のパート2でその藤岡とコンビを組んだのは、CBSソニーで山口百恵や郷ひろみを育てた酒井政利で、これまた後に音楽業界の伝説となるプロデューサーである。
藤岡によると、1978年夏の終りというから、キャンペーン開始のわずか2、3カ月前に、「いい日旅立ち」と書いた紙を酒井に渡して、こう頼んだという。
「百恵も来年は成人式でしょう。どうですか、ここらで新しい路線に挑戦してみる気はありませんか。私が応援しますよ。題はこれを使ってくれると有難いんですが」
怪訝な表情の酒井に藤岡は続けた。
「国鉄のCMソングというふうにはしたくない。百恵の新曲ということで売り出してくれればいいんです。でも、私が必ず追い掛けます。つまり、共通のテーマでの連携プレーと言うわけですよ」
一方の酒井とCBSソニーには、桜田淳子・森昌子との「中三トリオ」から一人抜け出した山口百恵を美空ひばりに次ぐ「国民的歌手」に育てたいという〝野望〟があり、藤岡の提案には強く魅かれたが、最大のハードルは、膨大な赤字を抱える国鉄にはレコード化の制作分担費もなければテレビCMを大量に流す予算もないことだった。藤岡のいう「国鉄のCMソングにしたくない」の裏の意味は、ありていにいえば、「他人のふんどしで(国鉄が)相撲をとる」という国鉄にとって虫のいい
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