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死後の世界をめぐる仏教と人々の“ズレ”~人は死んだらどこへ行くのか?

[7]高度で組織的な「世界」観と、素朴で感覚的な「世界」観

薄井秀夫 (株)寺院デザイン代表取締役

一般の人が考える死後の世界

 それでは日本の仏教徒は、死後の世界について、どう考えているのだろうか。

 日本消費者協会の調査によると、日本で行われる葬儀の87.2パーセントが仏式で行われているという(『「葬儀についてのアンケート調査」報告書』2017年1月)。つまり9割近くの人が、仏教で死者を送っているということになる。

 もちろん仏式で葬儀を行っているとはいえ、仏教の教えに深い関心を持っている人は少なく、そのほとんどは死後の世界についても明確なイメージを持っているわけではない。

 どちらかというと「あの世」というおおざっぱであいまいなイメージを持つ人が多い。死んだらお墓にいる、仏壇にいると考える人もいる。死んだら、あの世ではなく、この世界のどこかにいると考える人もいる。それは山の向こうだったり、草葉の陰だったりということもある。天国と考えている人もいるだろう。ただこの場合の天国は、キリスト教の教義の中にあるような天国ではなく、「あの世」という言葉に近いあいまいな場所である。

 そして、ここに挙げたどれか一つ、ということではなく、複合的な感覚を持っていることが多い。時に応じて、状況に応じて、あの世にも、お墓にも、仏壇にも、浄土にも、天国にも、山の向こうにも、草場の陰にもいるのである。それは一見矛盾しているようであるが、人間の感覚というのは、そんなものである。

beeboys/Shutterstock.com拡大beeboys/Shutterstock.com

 もちろん、死んだら終わりと考える人もいる。ただ「死んだら終わり」派も、実は複合的な感覚を持っている人が少なくない。普段は「死んだら終わり」と思っているが、墓参りをする時などは、死後の人格的な存在がそこにいることをイメージして手を合わせているのが自然だろう。死後、魂がどこかに存在していると、無意識に信じているのだ。

 ほとんどの日本人は、このような複合的であいまいな「死後の世界」観を持っている。そのような「死後の世界」観は、仏教の教義には存在しないが、仏教という信仰の中に息づいているのも確かである。つまりこれも仏教の「死後の世界」観であるのだ。

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筆者

薄井秀夫

薄井秀夫(うすい・ひでお) (株)寺院デザイン代表取締役

1966年生まれ。東北大学文学部卒業(宗教学専攻)。中外日報社、鎌倉新書を経て、2007年、寺の運営コンサルティング会社「寺院デザイン」を設立。著書に『葬祭業界で働く』(共著、ぺりかん社)、 『10年後のお寺をデザインする――寺院仏教のススメ』(鎌倉新書)、『人の集まるお寺のつくり方――檀家の帰属意識をどう高めるか、新しい人々をどう惹きつけるか』(鎌倉新書)など。noteにてマガジン「葬式仏教の研究」を連載中。

※プロフィールは、論座に執筆した当時のものです