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コロナ禍の中、人という自然を思い、演劇を作る

街と人を結ぶ。ヴァーチャルな世界を描く。タニノクロウの挑戦

タニノクロウ 劇作家・演出家

 コロナ禍の中で芸術家はどのように、世界と向き合っているのか。元精神科医という異色の経歴を持つ劇作家・演出家のタニノクロウさんは、自然と人間について考えをめぐらせながら、横浜にある劇場で、地域の人々と新しい演劇作りをしています。6月6日に開幕する『虹む街』。俳優ではない人たち、日本語を母語としない人たちと創作を続ける日々の中で感じていることをつづってもらいました。

「自分」を意識しすぎる時代に

 庭でも盆栽でも外の風景でも良いですが、それは常に変化しています。人間も同じく自然の一つで、絶えず変化するもの。今日の自分と、明日の自分が一緒のわけは無いのです。1週間もしたらおそらく別人でしょう。

 演劇は、その様な絶えず変化する人間たちが集まって作る芸術です。特に地域の方々と一緒に作ると改めてそれを強く感じます。

 しかし、演出家も俳優も、いつの間にか演技を意識下に置き、コントロールすることをよしとして、人間本来の自然力を抑え込む方向に行きがちです。そして、それがプロフェッショナルだと勘違いしてしまうのです。秩序を作ることが仕事だと思ってしまうのでしょうか。まぁ、ある意味正しいかもしれませんが……反自然的なのは間違い無いでしょう。

 今、世の中「意識的に生きる」ことを強いられているように感じます。

 長く続くコロナ禍で、簡単に人に会えず、偶然の出会いも無く過ごすうちに、話す相手が自分自身になり、内的なものと付き合いが深くなってしまいました。

 その結果、自分に対して意識的にならざるをえなくなりました。また、書店にはビジネスや投資に関する書籍、思想・哲学書など、「上手に生きるヒント」みたいなものが溢れ、ユーチューブでもそれらがフォローされ、さらに後押しした様に感じます。

 つまり「自分」という存在を、「強く自分が思う」時代になった。

 「私の人生の意味は何か?」

 「私の大切にしていることは何か?」

 「私は何者か?」

 演劇は誰でも気軽に参加出来るものです。6月にKAAT神奈川芸術劇場で上演される新作『虹む街』は、演技経験の無い方、外国籍の方もたくさん参加されます。

 その野生的な魅力に感動するとともに、共通言語が無く、価値観も違う人たちが集まった創作現場の中にいると「自分というものは存在しない」と感じ出します。様々な関係性の中になんとなく存在しているものなのだろうと。

 つまり自分の中に自分は居なく、自分以外の中に存在しているもの。

 そうなると「多様性」という言葉すらも重要なものではなく思えてくるのです。自分が居ない以上、他者との差は関係ないのですから。

拡大『虹む街』の稽古をするタニノクロウ(奥)と出演者ら=横浜市のKAAT神奈川芸術劇場

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筆者

タニノクロウ

タニノクロウ(たにの・くろう) 劇作家・演出家

1976年富山県出身。庭劇団ペニノ主宰。医学部在学中の2000年に庭劇団ペニノを旗揚げ。精緻に作り込んだ舞台美術によって、独特な劇空間とドラマを生み出し、国内外で高く評価されている。16年『地獄谷温泉 無明ノ宿』で岸田國士戯曲賞、芸術祭優秀賞。19年に第36回とやま賞文化・芸術部門を受賞した。19年から富山県でスタッフ・キャストを公募して市民とともに舞台を作るプロジェクトを始め、これまでに2作を発表。静岡県でも県民劇団と創作をした。