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『内側から見た「AI大国」中国』は、米中激突の深層に鋭く迫る好著

駒井 稔 編集者

 私が初めて中国を訪れたのは1986年。まだ個人旅行は難しく、グループツアーに参加して、上海と北京とを見ることができました。なにより飛行機の窓から黄河を見たことが忘れられません。

 その時ガイドを務めてくれたのは、延辺朝鮮族自治州出身の朝鮮族の女性でした。その女性に、それ以前に何度も訪れていた韓国の著しい発展ぶりなどを話しながら、万里の長城を歩きました。韓国は明らかに経済的な離陸を果たしていましたが、北京の繁華街である王府井(ワンフーチン)を歩くと、魯迅が描いた20世紀初頭の中国を彷彿とさせる物売りのお爺さんがいたりして、懐かしい気持ちになったことをよく憶えています。

 なにより私を驚かせたのは、大通りを走る有名な自転車の大群でした。テレビ番組で観ていたとはいえ、実際に目にする自転車の洪水は、想像をはるかに超える迫力がありました。そしてもう一つ私に強烈な印象を与えたのは、紅衛兵たちが壁に殴り書きしたスローガンです。日本の学生運動でも使われた「造反有理」などという文字をまさかこの眼で見ることになるとは夢にも思いませんでした。

1989年6月 天安門事件 周辺の通行規制解除  
写真説明 戒厳令の続く北京市で閉鎖されていた天安門広場周辺の通行が解禁され、自転車で通勤ラッシュが戻った  
拡大1989年6月、天安門事件の後、通行が解禁された天安門広場周辺で

 その後も何度も中国を訪れました。天安門事件の翌年、その広場には戦車のキャタピラの跡がくっきりと残っていました。それから数年後に上海を訪れた時に、評判になっていたバーでギムレットを飲んだことがあります。共産主義を標榜する国で、アメリカのハードボイルド小説に登場する探偵たちが愛飲するカクテルを飲んだ時、この国が大きく変化していくのを実感しました。

 やがて、上海には高い近代的なビルが立ち並ぶようになり、北京も自転車ではなく、車の洪水で道を渡るのが怖いくらいになりました。しかしこの10年、なぜか中国を一度も訪問しなかったことを深く悔いています。

上海2020年LI SENshutterstock拡大上海=2020年 LI SEN/Shutterstock.com

 ここ数年、存在感が一段と増した中国とアメリカの経済摩擦の激しさは新冷戦の始まりとも言われてメディアで連日報じられています。共産党指導部の香港の民主派への強硬な弾圧が大きなニュースになり、アメリカと中国の関係悪化はもはや周知のものとなりました。

 しかし、米ソ対立の冷戦時代を知っている人間から見ると、確かに同じような激しい応酬が続いているように見えて、なにか決定的な違いがあるようにも感じられてなりませんでした。この事態の本質を、歴史的な背景に触れながら解き明かす本に出会うことができました。『内側から見た「AI大国」中国──アメリカとの技術覇権争いの最前線』(福田直之著、朝日新書)を読むと、大袈裟ではなく蒙を啓かれる思いがしました。

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筆者

駒井 稔

駒井 稔(こまい・みのる) 編集者

1979年、光文社入社。1981年、「週刊宝石」創刊に参加。1997年に翻訳編集部に異動になり、書籍編集に携わる。2004年に編集長。2年の準備期間を経て2006年9月に古典新訳文庫を創刊。「いま、息をしている言葉で」をキャッチフレーズに古典の新訳を刊行開始。10年にわたり編集長を務めた。筋金入りの酔っ払いだったが、只今禁酒中。1956年、横浜生まれ。

※プロフィールは、論座に執筆した当時のものです