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『内側から見た「AI大国」中国』は、米中激突の深層に鋭く迫る好著

駒井 稔 編集者

監視カメラを恐れない凄まじい監視社会

『内側から見た「AI大国」中国──アメリカとの技術覇権争いの最前線』(福田直之著、朝日新書)拡大福田直之『内側から見た「AI大国」中国──アメリカとの技術覇権争いの最前線』(朝日新書)
 著者の福田直之さんは中国に留学経験があり、つい最近まで北京特派員として、中国経済の取材にあたっていた新聞記者です。ですから現場を踏んだ生の情報に加えて、大局的な視点での米中の関係を精緻に分析して、特に経済面から問題の本質を解き明かすことに成功しています。

 最初に本書を書店で手に取って「はじめに」を読み始めると、「我々は中国との戦略的競争を激化させている人工知能(AI)の競争に勝たなければならない」というグーグルの元会長エリック・シュミットたちの書いた、アメリカの国家安全保障委員会の最終報告書の緊張感溢れる冒頭部分が紹介されていて、思わずひきこまれてしまいました。

データが多ければ多いほど良い結果が得られる。もしデータがオイルならば、中国は新たなサウジアラビアだ

 これは著者の福田さんが2018年9月に米アップル、マイクロソフト、グーグルの重役を歴任した李開腹(リー・カイフ―)の北京での講演で聞いた言葉です。中国の人口は世界で最も多いわけですから、結果として世界最大のデジタル社会が存在することになり、インターネット利用者の数はこの5年で43.7%も伸びたということです。しかも99.7%の中国人はスマートフォンでインターネットにアクセスしていますから、ここには本物のデジタル社会がいきなり出現したと言っても過言ではないと思います。

 この講演を聞いた著者は、中国理系最高峰である清華大学教授でAIを研究している鄧志東(トン・チートン)に話を聞きに行きます。

中国は個人情報保護があまりできておらず、AI開発では利点かもしれない。プライバシー保護が比較的健全な国では、機密性の高いデータの削除やデータの匿名化などを行うのに時間がかかる

 私にはこの鄧教授のコメントに対する著者の補足が示唆的でした。中国では個人情報に対する意識が先進国ほど高くないので、街中にある監視カメラを恐れる人はほとんどいない。これは第2章で詳述されますが、データが取りやすくなればなるほど、AIにとっては福音以外のなにものでもありません。その膨大なデータを使った最新の技術が次々と開発されるからです。

 著者はアリババの本拠地である杭州市にあるケンタッキーフライドチキンの店に行って顔を見せるだけでオーダーできるシステムを体験します。支払いも顔で認証が終わると携帯番号を入力するだけです。財布もスマートフォンも忘れても大丈夫というわけです。こういう実験的で大胆な試みが2017年から18年にかけてさかんに行われていたと言います。

 しかも著者が留学生活を送った2013年夏から14年夏まではアリペイというキャッシュレス決済サービスはまだ普及せず、しわくちゃで汚れた紙幣で飲み物や新聞を買っていたのですが、特派員として赴任してきたら、コンビニ、ラーメン屋、シェア自転車、地下鉄などまったく現金なしで暮らせるようになっていたという激変ぶりも紹介されています。

北京市内のコンビニでアリペイを使って支払いを済ませる人=2019年11月6日、北京、201911拡大アリペイを使って支払いをする北京市内のコンビニ=2019年11月

 しかしながら、前に触れたようにレストランなどでの顔認証の便利さならともかく、世界にある7億7000万台の監視カメラのうちの54%が中国にあるというのです。1000人当たりの監視カメラの設置数で世界の上位20都市のうち、18都市が中国国内にあることになります。意外なことに3位はロンドンだそうですが、それにしても中国は凄まじい監視社会だといえるでしょう。こういうAI技術は今盛んに報道されているウイグル族の監視にも使われているという著者の指摘は重要です。

深センの横断歩道には通行者の顔をとらえる監視カメラが備えられ、ディスプレーには顔認識で違反者の顔をさらすという警告が出ていた=5月、2018年5月拡大深圳の横断歩道には監視カメラが備えられ、ディスプレイには顔認識で違反者の顔をさらすという警告が出ていた=2018年5月

 私がこの部分を読んでいて思い出したのは、ジョージ・オーウェルの『一九八四年』で描かれる「ビッグ・ブラザーがあなたを見ている」という有名なフレーズでした。監視カメラのおかげで、北京市公安局(警察)の発表によると2019年の殺人事件、強盗事件も100%の解決率だということですが、正直、これは誇れる数字だといえるかどうか。

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筆者

駒井 稔

駒井 稔(こまい・みのる) 編集者

1979年、光文社入社。1981年、「週刊宝石」創刊に参加。1997年に翻訳編集部に異動になり、書籍編集に携わる。2004年に編集長。2年の準備期間を経て2006年9月に古典新訳文庫を創刊。「いま、息をしている言葉で」をキャッチフレーズに古典の新訳を刊行開始。10年にわたり編集長を務めた。筋金入りの酔っ払いだったが、只今禁酒中。1956年、横浜生まれ。

※プロフィールは、論座に執筆した当時のものです