メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

news letter
RSS

無料

『内側から見た「AI大国」中国』は、米中激突の深層に鋭く迫る好著

駒井 稔 編集者

ハイテクではファイティングポーズ、ローテクでは握手

 しかしながら、このようなAI技術を駆使する中国にも意外なアキレス腱があったのです。第3章を読んで、これだけAIにおいて世界で抜きんでた存在となった今も最先端の半導体を自国で製造できない。それを供給してきたのが台湾の世界最高の技術を持つ台湾積体電路製造(TSMC)という企業だということを初めて知りました。

 加えてこの章で大変面白く読んだのは、東洋学園大学の朱建栄教授が2019年に日本記者クラブの講演会で「6割法則」を披露したくだりです。

他の新興国がアメリカの国力の6割に追いついた時点で、米国はもう落ち着いてはいられなくなる。必死に振り落とし作戦にかかる

 米中摩擦が先鋭化した2018年の中国のGDPはアメリカの67.2%。1988年に日米半導体摩擦が起きた時は日本のGDPはアメリカの58.7%だったという事実は、とても興味深いと思います。米中の問題だけでなく、過去に日本自体も今日の中国と同じ立場に立たされたことがあったことは重要な事実として認識されるべきです。そして著者の次の指摘はまさに現実をよく見つめるべきだという警鐘になっていると思います。

米中は「新冷戦」と呼ばれるほど冷え込んでいるが、米ソの冷戦との違いは米中の間が経済的に強く繋がったままである点だ。(中略)米中はハイテクでファイティングポーズをとりながら、ローテクでは握手を続けている

KaimDH/Shutterstock.com拡大KaimDH/Shutterstock.com

 第4章では、中国を代表する経済人といえるアリババの創業者ジャック・マーとアメリカの電気自動車メーカー、テスラを率いるイーロン・マスクが、2019年8月に上海で行った世界人工知能大会での対談が紹介されています。イーロン・マスクはAIの技術が人間の理解を超えていくことに危惧を抱いているのですが、ジャック・マーは「AIは脅威ではない。人間は賢い」と反論したといいます。この楽観こそが、中国の経済人の特徴であることを知りました。そして世界で話題になったジャック・マーと指導部との衝突の背景も書かれています。

 最後の章で紹介されているのは、AI技術を駆使する人々の多くを占める20~40代の若い男女の起業家たちです。顔認識が可能なハイテク眼鏡。コロナウイルスの肺炎検知ができるシステム。シェア自転車。ボタン一つで360度の撮影ができるカメラ。折りたためるディスプレイ。誰でも簡単に作れるロボット。西部の甘粛省の山あいにある村から農産物をライブコマースする34歳の女性には、興味を惹かれました。なんとSNSで44万人のファンを持つというこの女性は、農村のビジネスチャンスを大きく広げることに成功しました。これはわが国でも大いに参考になるという著者の指摘に賛成です。

全ジャンルパックなら本の記事が読み放題。


筆者

駒井 稔

駒井 稔(こまい・みのる) 編集者

1979年、光文社入社。1981年、「週刊宝石」創刊に参加。1997年に翻訳編集部に異動になり、書籍編集に携わる。2004年に編集長。2年の準備期間を経て2006年9月に古典新訳文庫を創刊。「いま、息をしている言葉で」をキャッチフレーズに古典の新訳を刊行開始。10年にわたり編集長を務めた。筋金入りの酔っ払いだったが、只今禁酒中。1956年、横浜生まれ。

※プロフィールは、論座に執筆した当時のものです