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「初音ミクに出逢う人生だった」〜奇跡の3カ月(3)

メガヒット「みくみくにしてあげる♪」誕生とその後の物語

丹治吉順 朝日新聞記者

初音ミクが「歌姫」になった日〜奇跡の3カ月(2)から続く

【読者のみなさまへ】初音ミクとボーカロイドの文化にはきわめて多くの人々がかかわり、その全容は一人の記者に捉え切れるものではありません。記事を読んでお気づきの点やご意見など、コメント欄にお書きいただけると幸いです。一つひとつにお答えすることはかないませんが、コメントとともに成長するシリーズにできたらと願っています。

散歩中に思い浮かんだ決定的フレーズ

「みっくみくにしてあげる」というフレーズが頭に浮かんだのは、別の曲の制作に行き詰まり、散歩しているときだった──作者の鶴田加茂さん(投稿者名ika_moさん)は、2010年のインタビューでそう答えている(ヤマハミュージックメディア刊「VOCALOIDをたのしもう Vol.4」、企画:スタジオ・ハードデラックス)。

「今はそこまで正確に記憶していないのですが」と鶴田さんは振り返る。「曲案に詰まると近所の公園の周辺を歩き回る癖があり、そこで思いついた可能性はあると思います」

その後の初音ミク文化の勢いを決定的にしたメガヒット「みくみくにしてあげる♪【してやんよ】」は、この小さなひらめきから生まれた。

鶴田さんには、テキストによる一問一答形式で取材した。筆者の質問項目も細部に渡ったが、鶴田さんは筆者の予想を大きく超える文字数で細かくていねいに回答してくれた。(以下、カギカッコ内の返答は、鶴田さんの文面そのままのものもあるが、記事構成の都合上、趣旨を変えない範囲で筆者が要約している部分の方が多い。要約の責任はすべて筆者にある)

【初音ミク】みくみくにしてあげる♪【してやんよ】

あきらめかけた時に出逢った初音ミク

アニメソングのような歌を作りたいと思っている時期だった。萌え系・電波系といった曲想と世界観が自分の中にあり、それに合う女性ボーカルが必要だった。当然ながら自分では歌えない。かといって歌ってくれる女性の歌手も身近にはいない。日本語の女声歌声合成ソフトはすでに「MEIKO」が発売されていたが、鶴田さんが求める声質とは異なっていた。

やりたいことははっきりしているのに、実現には大きな壁がある。あきらめて別の方向性の音楽を作っていたときに知ったのが初音ミクだった。クリプトン・フューチャー・メディアのサイトで見たのが発売の前日、デモソングを聴いて「これだ」と思い、翌日さっそく買いに走った。

「当時の私にとって初音ミクは、あきらめていた夢を実現してくれるかもしれない救世主のような存在でした」と鶴田さんはいう。購入の決め手はデモソングの声質だったが、実際に使ってみると、想像以上に滑らかに歌ってくれるのに驚いた。声質はもちろん声域も、鶴田さんの理想に合っていた。

あなたの歌姫」のazumaさんが「恋スルVOC@LOID」に強い影響を受けたのとは違い(連載第2回参照)、鶴田さんの場合は「みっくみくにしてあげる」というフレーズが思い浮かんだことが決定的だったという。

「もちろん『恋スルVOC@LOID』は実際に聴いていたので、影響がないとは言えないのですが、私の場合は何よりも、初音ミクに『みっくみくにしてあげる』と歌ってほしいという気持ちが出発点でした」

理詰めのステップから紡がれた歌詞

初音ミクが「みっくみくにしてあげる」と歌う以上、みっくみくにする「相手」が必要になる。その相手として「君」という存在が生まれた。

当時、初音ミクはあくまでもソフトウェアという認識が支配的だった。そのソフトが呼びかける「君」は、ソフトと同じ空間にいなければならない。とすれば、それは初音ミクをパソコンにインストールして使うユーザーだろう。なので「(購入したソフトウェアの)パッケージをずっと見つめている君」という設定になる。

この「君」という存在を通して、ソフトウェア・初音ミクと、キャラクター・初音ミクが一つに重なっていく。そのように一種理詰めのステップを経て、この曲の歌詞は紡がれていった。

「あのね、早くパソコンに入れてよ
どうしたの?
パッケージずっと見つめてる

君のこと
みくみくにしてあげる
歌はまだね、頑張るから
みくみくにしてあげる
だからちょっと覚悟をしててよね」
(「みくみくにしてあげる♪」歌詞から)

初音ミクが呼びかける「君」って、誰?

「特にサビの部分の『君』という言葉には両義性があったと思います」と鶴田さんはつづる。

「アイドルソングなどによくある手法ですが、初音ミクを使うユーザーとしての『君』と、この歌を聴いている人々の一人一人、その両方の意味にとれる。その際、主人公(君)をできるだけ無味無臭にするのは一つの定番でした。そうすることで聴き手は『君』を自分のことのように受け止められる。当時のリスナーさんは、初音ミクという存在は一体どこにいるのかと感じていたと思いますが、この歌詞はそれとうまく噛み合ったように感じます」

こうして、初音ミクが呼びかける「君」は、ソフトウェア・初音ミクの使い手だけでなく、楽曲「みくみくにしてあげる♪」の聴き手全員とも位置づけられた。ソフトの使い手だけでなく、聴き手すべてに初音ミクが呼びかける。鶴田さんが作ったこの歌は、そういう意味合いを持っていた。

パッケージに印刷された初音ミクのキービジュアルや、設定の少なさにも影響されたはずだと鶴田さんは記す。

「仮にC-3PO(映画「スター・ウォーズ」に登場するロボット)のような外見だったら、全く別の曲を作っていたと思います。特徴的な設定がなかったこともポイントで、設定がほとんどなかったからこそ、逆に特徴的な言葉を生み出す必要がありました。事前にもっと細かい設定があったら、それに合わせたストーリーやシチュエーションを考えたでしょう」

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筆者

丹治吉順

丹治吉順(たんじよしのぶ) 朝日新聞記者

1987年入社。東京・西部本社学芸部、アエラ編集部、ASAHIパソコン編集部、be編集部などを経て、現在、オピニオン編集部・論座編集部。機能不全家庭(児童虐待)、ITを主に取材。「文化・暮らし・若者」と「技術」の関係に関心を持つ。現在追跡中の主な技術ジャンルは、AI、VR/AR、5Gなど。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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